辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2004
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 第十一章:歯車:休息-5

 

 店は、露店を少しましにした感じのものだった。
「…ほほう、草原風の衣装だな、…同郷か?」
 レックハルドが、軒下に並べられている布を物色していった。
「おーい、ちょっと見せてもらいたいんだが…」
 そう呼ぶと、今、横の店とチェスをしていたらしいオヤジが慌てて飛んできた。
「すみません、いますぐ…」
 そういいかけた白髪交じりの髪の、やせたオヤジが、ああっと声をあげた。メガネをかけた顔に見覚えがある。
「あっ! あんた!」
 レックハルドも声をあげた。
「お知り合いですか?」
 マリスが首を少しだけ傾げる。レックハルドは慌てて首を振った。
「い、いーえいえ、ちょっと…」
 そういうと、レックハルドはマリスとファルケンをその場に待たせて、オヤジをつかんで店の中に入った。肩を抱くふりをして、こそこそと話をする。
 オヤジが重そうなメガネをあげながら、にっかと笑った。
「誰かと思ったらこそ泥のレックじゃねえか。ひさしぶりだな、おい。まだ生きてたとはなあ。お前もしぶといなあ、あはははは」
 レックハルドはあきれたような顔をした。
「ベーゼルのおっさんこそ、なんでこんなところにいるんだよ? ヒュルカのほうが実入りがいいんじゃねえのか。オヤブン専属の仕立て屋って肩書きは捨てたのかい?」
「こんな所とはなんだ。オレも年だし、そろそろ危ねえ橋をわたんのはやめたのさ。お前こそどうした? これはやめたのか?」
 ベーゼルという名の仕立て屋が、すりの手まねをする。レックハルドは肩をすくめた。
「はっ。おっさんみてえに、定年間近まで馬鹿やる気になれなかったんだよ」
「足洗ったのか? 惜しいな、お前のあの神業が…。財布をひったくるときのお前の技といったら、そりゃー惚れ惚れするほどだったんだが…」
「嫌なほめられ方だな」
 レックハルドは軽くため息をついた。
「まぁいい。おっさんはオレと大体同郷だし、腕も確かだしな。ちょっと服を新調したいんだが…」
「金は払うのか?」
「何だ、疑ってんのか?」
 不機嫌そうにするレックハルドをみて、ベーゼルはにやりとした。
「お前の口がうまいのと、ごまかしがうまいのは、仲間内でしらねえものはいなかったからな」
「今はまっとうな商人だ。前金で、これだけ渡しといてやらあ」
 レックハルドは、財布からいくつかの紙幣を手渡す。それを見て、ベーゼルは少し驚いた顔をしながら、しっかりと前掛けのポケットに突っ込んだ。
「へぇ。金払いが良くなったな」
「…残りは出来上がってからだぜ」
「へいへい。で、作るのは、お前の服か?」
「オレと、あいつ。もし、いいのがあったなら、あの後ろにいるお嬢さんのもだ。あんた女物も作れるんだろうな?」
 レックハルドは、後ろにいるファルケンとマリスを示した。当たり前だといってから、ぱちりとベーゼルは瞬きする。
「あのでっかいのと、きれーなねーちゃんか。…なんだ、お前、奴隷商か? それとも女衒 ( ぜげん ) ?」
「何いってやがる! オレは健全な布売りだっていってんだろが!」
 奴隷だの女衒だのといった言葉には、レックハルドは敏感だ。その様子をみて、ベーゼルは改めて、向こうにいる二人を見た。特にマリスの方を凝視してから、にんまりとする。
「お前のコレか?」
「そ、そんなんじゃねえ。あ、ありゃ、ヒュルカの名家の令嬢だぞ。そんな下世話なこといいやがって! 失礼なこと言うんじゃねえ」
「令嬢だあ?」
 レックハルドは、小指を立てるベーゼルを忌々しそうににらんだが、その顔が少し紅潮していた。ベーゼルは、やぎのように生えたあごひげを興味深そうになでた。
「ふーむ、お前の片思いっつーわけか。なるほど、お前と良家の子女じゃつりあわねーもんな」
「くそオヤジ! あんまりわけのわかんねえ事言ってると別の店で買うぞ!」
 レックハルドは小声ではあるが、声を荒げた。怒らせたらしいことを知って、ベーゼルは軽く肩をすくめる。
「わかったわかった。オレが言い過ぎたよ。ま、布とデザインでも選んでくれや」
 レックハルドが、機嫌悪く鼻を鳴らしたのがわかった。おっかなそうにベーゼルがそれを横目で眺める中、レックハルドは二人のほうに戻っていった。
「どうしたんだ?」
 店主となにやら親しげに話していたことを不思議に思ったらしく、ファルケンがのんきに訊いてくる。
「ん? いや、話の分かるオヤジでな、すぐに作ってくれるってよ」
 ファルケンにはばらしてもいいが、マリスにこのオヤジが元仲間だったといえば、いつか自分が昔何をしていたか分かってしまう。とりあえず隠すことにする。
「マリスさんも何か…。あ、金はオレが出しますし」
「そんな…。そんなことしていただくと悪いです」
 マリスが、少し困ったような顔をする。
「いえ、いいんですよ。こいつからのお礼もありますから」
 といって、レックハルドはドンとファルケンの胸を突いた。ファルケンが軽くうめき、胸を押さえて軽くよろけた。
「…おい…」
 まさか、傷に響いたか、とレックハルドは慌てて振り返った。普段ならなんでもないことだったが、怪我がようやく治ってきたばかりのファルケンには、レックハルドの軽いふざけも響いたらしい。
「だ、大丈夫か?」
 少しだけファルケンの顔が青ざめたのに気づき、レックハルドは心配そうな顔をする。マリスも、近くに駆け寄りファルケンの顔をのぞいた。
「大丈夫ですか?」
 ファルケンは、顔をあげて笑った。だが、その額には少し脂汗がにじんでいる。
「大丈夫だよ。なんでもないから」
「す、すまねえ。調子に乗りすぎたよ。お前がけが人だって事忘れてた」
 レックハルドは謝り、本当に大丈夫かと念を押す。
「お前、ホントは結構無理して出てきたんじゃないだろな?」
「そ、そんなことないって。オレは、もう大丈夫だから」
 ファルケンは焦ったように、彼としては少し早口で答える。
「そうか? それならいいんだが…」
 ふうとレックハルドはため息をついた。
「日光の下いつまでも歩くってのも疲れるだろうから、まずはお前から注文するか。…すみません、マリスさん。こいつからでいいですか?」
 レックハルドが、少しだけ申し訳なさそうな顔をする。マリスは、裏表のない笑顔を向けた。
「ええ。もちろんです」
「すみませんね。…じゃ、お前、早く選べ」
 レックハルドは、ファルケンを店の軒下まで招いた。そこには、草原風らしい布がたくさん置かれている。毛織物から綿織物など、種類も色も豊富だった。
(ベーゼルのオヤジ。どこのやつから買ったんだか。この際、後で売りつけてやろう。無理やり専属でオレと取引させてやる!)
 レックハルドはひそかにそんなことを考え、ふと思い出してファルケンのほうを向く。
「そうだ。…お前、デザインはどうする?」
「デザイン? 何でもいいけど。オレよく分からないし」
「そうだなあ。…じゃ、オヤジに任せるか」
 自分のも一応任せることにしよう。ベーゼルは、ああ見えてセンスはそれなりにいい。レックハルドはそう決め、布を示した。
「じゃあ、好きな布を選べよ。オレが一応金は出してやるから」
 ファルケンが、どれでもいいと言いかけたので、鋭く悟ってレックハルドは口を先にだした。
「お前に選ばせてやるといってるんだ。いいから、遠慮せずにいってみろ」
 レックハルドの口調は強い。逆らうのも悪いので、ファルケンは少し考えて、並んでいる布を見比べた。紺色の鮮やかな布に目をとめ、ファルケンはそれに少し触れた。それから、顔をあげて笑うと彼は無邪気にいった。
「じゃあ、これがいいな」
「こ、これか!」
 ファルケンが指差したのは、一番高級な布だ。レックハルドは、顔色を変えたが、マリスの前で、「どれでもいいから選べ」と宣言した手前、ファルケンをとがめだてするわけにもいかない。
「これが一番肌触りよさそうだし、長持ちしそうだな〜と」
 ファルケンは、無邪気に笑いながらそんなことを言う。
「一番着心地よさそうだし、レックもこれにしたら?」
(そりゃあそうだろうよ。…それが一番いいやつなんだから! 遠慮するなとは言ったが、てめえ少しは遠慮しろよ!)
 心の声をおさえつつ、レックハルドは、口元を引きつらせながら笑った。
「へ、へへえ、いい見立てだな。さすがだぜ…ファルケン」
「最近、ちょっとわかるようになったんだよ」
 にっこりと微笑むファルケンをみて、レックハルドは忌々しそうに舌打ちした。高い布なのも痛手だが、大柄のファルケンにあわせるとかなり布を使用する。ということは、普通の人間よりも、さらに出費が増大するということなのだった。
「お前、最近、いい性格になったよな?」
「何が?」
 まさかしらばっくれているほど悪くはないだろうが、ファルケンの無心な顔を見ていると、少し腹が立たないではなかった。だが、今は一応けが人だし、殴るわけにもいかず、こっそりと舌打ちした。
(チッ! これだから狼人は苦手なんだ!)
 レックハルドは、何かあると最近よく自分を納得させるのに使っている言葉を心の中で吐き出すと、何となく痛む頭に手をやった。
「じゃあ、おっさん、こっちで。あ、オレはこっちの方ね」
 レックハルドはひそかに一ランク下の布を指差した。それでも今までのと比べるとかなり上等なものなので、レックハルドとしては少し辛いのだが、それ以上質を下げると、最近鋭くなったファルケンが不審に思うので、下げられなかったのである。
「おいおい、レック…。あのでかい奴は、こっちだっていってたじゃないのか?」
 ベーゼルは、小声でレックハルドにそっとささやく。
「こっちで上等なんだ。オレの気持ちをさっしてくれよ」
「相変わらずだな、…ケチってのはかわんねえもんだね」
「そうじゃなきゃ、商売できねえんだよ。あ、そうだ。両方とも、デザインはおっさんに任す」
 一端の口をききながら、レックハルドはのんびりと待っているマリスとファルケンを見た。何も考えていない顔は、このやり取りに気づいているはずもないことを指している。
「おい、お前、採寸してもらえ」
 レックハルドは、いつものようにやや横柄にも取れる口調で、ファルケンを手招きした。
「採寸?」
「お前は、どう考えても標準じゃないからな。前は運良く入るのがあったが、今回はきっちり作ってもらえよ」
「そうか。わかったよ」
 ファルケンはうなずいて、レックハルドとすれ違って店の中に入った。そこで待っているマリスを見て、レックハルドは相好を崩す。
「マリスさんは、どれがいいですか?」
「レックハルドさんは、どれがいいと思いますか?」
 何となくほのぼのとした会話が向こう側から聞こえてきた。それを物珍しそうに眺めながら、ベーゼルは手馴れた手つきでろくに確認もせず、採寸用のメジャーをとった。
「あーあ、浮かれちまってんなあ。ああ見るとあいつも若いんだなあ」
「浮かれてるかな」
 ファルケンが、ベーゼルの呟きに反応して首を傾げた。慣れている彼としては、レックハルドがマリスの前でああなのは、至極普通なことなのだった。
 ベーゼルは、ファルケンに真っ直ぐ立つようにいうと、その胴回りから図り始めた。ついで、こう話し掛ける。
「あんた、…あのレックと旅してるのか?」
「ああ。オレが荷物運び兼用心棒なんだ」
「あいつ、あんたのこと邪険にするんじゃねえのかい?」
 ベーゼルに聞かれ、ファルケンは心外だというように、少し眉をひそめる。
「そんな…。レックはそんなやつじゃないよ」
「ふーん、嘘じゃねえらしいな。…意外だねえ。あいつが、今更仲間とつるむだなんて」
 目盛りを細かく刻むようにつけながら、ベーゼルは言った。
「なんで?」
 怪訝そうなファルケンを見上げるようにして、ベーゼルは答える。
「なんでって、レックハルドといやあ、仲間を大切にしない奴でな。…一匹狼といやあ聞こえはいいが、自分の方は絶対に仲間を信用しないような奴だったのに。あいつが、他の奴とつるむだなんて考えられなかったぜ」
 ちら、と、マリスと話すレックハルドを見る。マリスの前のレックハルドは、上機嫌を通り越して、少し不安定に思えるほど幸せそうだった。
「ま、ああやって娘ッ子にでれでれしてる方が考えられなかったけど」
 ファルケンは少し首を傾げたが、構わず、ベーゼルは何か書き留めたりしながら一人喋り続ける。
「それに、ケチだから、まさかおごるとかあの口から出るとは思わなかった」
「レックは、そりゃあ、少しけちというか倹約家というかだけど、そんなひどくないよ」
 ファルケンがかばうような口ぶりで言った。先ほどもらった金貨を出して示す。
「オレにコレをくれたし」
「あいつがあんたにそれを?」
 ベーゼルは、金貨をよくよく眺めてから言った。それから、ファルケンに好奇の目を向ける。
「…驚いたね…。てことは、レックの奴は、本気であんたを信用してるということだな」
「どういうことだ?」
 意味がわからない様子のファルケンに、ベーゼルは少し考える。
「あいつがどこの出身だかしらないから一概には言えないが…」
 ベーゼルは、メガネを直し、ファルケンから金貨を借りてまじまじと見る。
「あれがオレの出身と似たような場所の出なら、これは三枚の金貨の三枚目ってことになるね」
「三枚の金貨? オレも昔、マジェンダはうろついていたから、何となく知ってるんだけど」
 ファルケンは十数年前の記憶を探しながら言った。たしか、あのあたりを旅していたとき、草原には金貨を使う風習があったはずだ。どこの民のものなのかなどは、ほとんど忘れてしまっているので、ファルケンは、困った様子でベーゼルに訊いた。
「なんだっけ、お守りにしたり、友達に渡したり、恋人に渡したりするんだよな?」
「そうそう。そもそもな、ある物語が発端になって始まった風習なんだよ」
 ベーゼルは、けけっと笑いながらメジャーをぴっとまっすぐにした。そのまま、ファルケンの袖丈を測りながら彼はいう。
「英雄ゲルシックと三枚の金貨ってなぁ。オレ達草原の男じゃ誰でも知ってる話だ」
「レックもそういやゲルシックの末裔だって言ってたな」
「草原の男は誰だってそういうのさ。かくいうオレもそういう風に名乗ってた。そうだ、測りついでに聞かせてやろうか?」
 どうやら、このベーゼルは相当な話し好きのようだ。ファルケンがこくりとうなずくと、待ってましたとばかり彼は弾むような口調で話し始めた。
「英雄のゲルシックってのはなあ、むちゃくちゃ強かった。何しろ、アレには三つの強みがあったからな。一つ目は、自分の腕。二つ目は、賢くて美人の嫁さん。三つ目は、慎重で強い親友。よくある話だが、この三つがそろったからこそ、ゲルシックは無敵だったのよ。ゲルシックはそれらの力で王様にまでなったってえわけだ」
 店主はやや芝居がかった口調になった。
「だがなあ、ある日、ゲルシックは、人々に頼まれて、一人で魔法使いを退治しに行った。だが、一人じゃ歯が立たず、退治しにいった魔法使いに負けて、逆に呪いをかけられた。そこから悲劇が始まるのさ。ゲルシックの力は封印され、その間に嫁さんはさらわれて城に幽閉されてしまった。落ち込んだゲルシックには嫁さんを助け出す力もなかったのさ。そこで、見かねたやつのダチが、ゲルシックの身代わりに嫁さんのいる城に乗り込んだが、罠にかかってあっさり殺されちまった。ゲルシックは一人になり、無力になった。それから気づくわけよ。自分は自分だけの力で英雄になったわけじゃなかったってことを。自分が負けたのは、自分の慢心のせいだってことをな」
「なんだか、悲しい話だな。…一人だけになってしまうなんて」
 ファルケンが表情を曇らせた。ファルケンが思いのとおりの反応をしたので、ベーゼルがにやりとして声を高くした。
「いいや、話はここでおわらねえ。そう、正しいものには、いつも神の恵みってのが与えられるもんだ。ゲルシックも例外ではなかった。ゲルシックの前に現れた風の女神がこういった。『あなたに三枚の金貨を与えます。それに祈れば、願いが一つずつ叶います。ただ、一枚目の金貨は貴方の権力、二枚目の金貨は貴方の名声、三枚目の金貨は貴方の財産です。金貨を使うたび、あなたはそれを失うのです。それでもよければ、あなたはそれを使いなさい。』」
「ゲルシックはそれを使ったのかい?」
 ファルケンは、話に聞き入って、話の先を促した。ベーゼルは、採寸を続けながら、話し続ける。
「ああ。ゲルシックは、まず三枚目に渡された金貨に祈りを込めた。すると、金貨は金色 ( こんじき ) の水に変わった。それを死んだダチの口に流しいれると、途端、息を吹き返した。彼は財産をすべて失った。よみがえった親友の力を借りて、共に嫁の捕らえられている城に向かったゲルシックは、とうとう最後の部屋に来た。だが、どうしても鍵が開かない。そこで、ゲルシックは二枚目に渡された金貨に祈った。すると、金貨は鍵の形になり、嫁さんのいる部屋に彼らを導きいれた。その時に、人々はゲルシックの名を忘れた」
「それでも、使ったんだね」
「ああ。ダチも嫁さんも、ゲルシックにとっちゃなければならないものだったからな。そもそも、草原や砂漠やなんかってえのは、仲間がいねえと何かと辛いもんだ。ゲルシックも、そうだったんだろうな」
 ベーゼルは、更に続けた。
「城から出ようとしたゲルシックたちだったが、あらわれた魔法使いが、彼らを全滅させようと襲い掛かってきた。ゲルシックは最後に一枚目の金貨に祈った。彼の呪いはとけ、その力でゲルシックは、嫁さんと親友、そして自分の身を守り、魔法使いを倒すことができた。だが、同時にゲルシックは、王の玉座も兵隊も失った。もう、やつに残ってるのは、自分と嫁とそれからダチぐらいなものだった。だが、「それでもいい」と彼はいった。「そんなものは、私の三つの宝があれば今からでも元に戻せる。元に戻せないもの、金や名声では取り戻せないものを失うことのほうが辛いのだ」とね」
 ファルケンが、少しほっとしたような顔をした。
「ゲルシックは、やがてまた名声を勝ち取り、そして財産を増やした。また、ゲルシックは王様になったんだとさ。だから、今も、ゲルシックは英雄としてたたえられるってわけよ」
「そうか、ホントに偉い人なんだな」
 ファルケンは素直な感想を口にした。ベーゼルは話している間に、いつの間にやらファルケンの採寸をすでに終えたらしく、何か書きながらいすに座っていた。下がっためがねをあげてから、金貨を示す。
「そう。だから、そこからマジェンダの人間は、三つの金貨を「金で買えない本当に大切なもの」を知る為に、生まれたときに渡されるのさ」
 それから金貨をファルケンに返し、話の続きをはじめる。
「つまりだな、これはその三枚目で、一番信頼の…」
 といいかけ、ベーゼルは、怪訝そうな顔をした。視界が悪くなったのである。目をこすり、自分の目のせいではないらしいことを確認し、外を見る。外がふっと暗くなるのを見て、ベーゼルは慌ててまだ火のついていないランプをつかんだ。
「また日蝕か? 近頃多いんだよな」
 そういって火をつけようとしたとき、突然地面が盛り上がるような感覚がした。がたがた、と、机の上のものが揺れ始める。
「地震だ!」
 レックハルドが店の外で叫んだのが聞こえた。マリスをかばうようにしているレックハルドと、慌てて作業台の下に身を伏せるベーゼルを見比べる。地震はそうひどくはなさそうで、ファルケンはそのまま店の外に出た。
「空が!」
 マリスの声が聞こえた。つられてファルケンも空を見る。西北の辺境の方で、赤い光が上がっているのが見えた。慌てて上空を見た。
 太陽は見当たらなかった。


 レナルは、ようやく戻ってきたベニシッドから報告を受けているところだった。辺境の森は、あの騒ぎ以来、ひっそりと静まり返っている。ただ、何となく平和で、火柱が立ち上り森が赤く染まった、あの地獄のような風景は想像できなった。森は、思ったほど広範囲には燃えておらず、ひとまず、彼の縄張りの中は緑の森がいつものように広がっている。
あのイェームとか言う男の仕掛けた消火剤が功を奏したのかもしれない。
「…やっぱり、司祭が関わってたのか? で、ラディッセスは何ていってた?」
 レナルは、待ちに待った報告がようやく入ってきたので、咳き込むようにして訊いた。
「みたいです。えーっと…」
 といって、ベニシッドは、花をさした頭を少し傾げる。それから少し苦笑いした。
「すみません。オレ、忘れちゃったみたいです」
 あっけにとられた後、レナルが思わず非難の声をあげようと息を吸ったとき、ベニシッドは、急に手をたたいた。
「思い出しました! これを預かってきたんでした!」
「驚かせるな!」
 レナルはそう怒鳴り、彼が差し出した布包みを手にとった。その包みを開くと、中から枯れ木の枝を削ったらしい板が出てきた。
「リャンティール、それ何?」
「よく見ろ。ここに、文字が書かれてるだろ?」
 レナルが指し示した場所を覗き込むと、確かにそこには辺境古代文字が書かれている。ベニシッドは軽く頭をおさえた。
「オレ、文字読めません」
 するといつのまにやら近寄ってきていた五人ほどの周りのものが同調して、うなずき始めた。野次馬好きの狼人である。狼人は基本的に好奇心旺盛だが、その中でも特に好奇心の強い連中がまわりに集まってきていた。
「オレも〜」
「そのかくかくしたのが読めないよな〜」
 レナルは、少しうなった。
「…お前たちも、そろそろこれぐらい覚えねえとな。年少のファルケンにできて、なんでお前らにはできねえんだ?」
 言われて、野次馬達は少しむっとした。わからないものはわからない、といいたげな顔をして、彼らは口々にささやきあう。
「だってー」
「ぐるぐるしててよくわからない」
「分かる方がおかしいんだって」
 相変わらずの向上心のなさに、レナルは呆れるとともに苛立ちを覚えた。
「うるさい! お前たちは、ちょっと自分を磨け!」
 レナルにきっと怒鳴られて、周りにいた野次馬の狼人が慌てて逃げ散った。ベニシッドだけが、相も変わらず首をかしげたままそれを覗いている。
「で、なんて?」
「『司祭の動向がおかしい。注意しろ。』」
 読み上げた内容を聞いてベニシッドは拍子抜けしたような顔をした。
「そ、それだけ?」
「いや、他にも色々書いてあるが、一番最初がここから始まる。ひでえな。これ。一文ずつ箇条書きになってやがる上に、順番がばらばらだ。ラディッセスのやつ、どこから書き始めたんだ?」
 レナルは彼らには読めない文字の書かれた木片をちらつかせ、それをざっと読みながら、人差し指をさしながら順番を考える。ベニシッドが恐る恐るたずねた。
「どうですか?」
「順番はわかんねえが、ま、要するにこの世にある封印てのが破られそうなんで、それに手助けされないように司祭(スーシャー)が人間を駆逐し始めたってことだな」
「封印?」
「うーん、オレも知らねえんだがなあ、妖魔 ( ヤールンマール ) とかを封じ込めたっていう太古の封印てのが、辺境にあるとかそういうのを伝説で聞いたことがある。それじゃねえかな。解くとしたら、噂のシャザーンがかかわっているんだろうけど……」
 ベニシッドに答えながら、レナルは不審そうにあごをなでた。そろそろと、先ほど散った野次馬の狼人たちが、レナルの周りに集まり始めている。彼はぼそりとつぶやいた。
「だが、司祭(スーシャー)がそんな強硬策に出るなんて…ちょっとひどすぎるような気がするぜ」
 そのとき、ふと、光が落ちた。集まってきた狼人が、おびえた様子で上空を見やる。レナルも上を仰いだ。
 日蝕だ。――しかし、今日はいつもより円が闇に食われるスピードが速い。どろりとした煙のような黒いものが、太陽の光をどんどん消し去っていくのだ。
「何だ?」
 レナルは、不審と得体の知れない恐怖を抱いた。これはいつもの日蝕とは違う。
「リャンティール!」
 レナルを呼ぶベニシッドの声がした。
 レナルがそちらを振り向こうとした時、いきなり、地面を突き上げるような感覚が襲った。同時にすさまじい光が後ろの方から一瞬飛んでいった。
「リャンティール!」
 まだ地面は軽く揺れている。その地震のせいか、周りで狼人が再び慌てふためいていたが、レナルはそれに構わずベニシッドのほうを見た。ベニシッドはある一方を指差していた。
「まさか!」
 レナルは絶句し、目をこすった。見たものが信じられなかったのである。周りの部下たちが、がたがたと震えながら地面に伏せっていた。恐ろしさのあまり、マザーへ祈るものもいる。
「そんな馬鹿な…」
 そこにあったのは、この前の火柱とは比べ物にならないような大きな火だった。竜巻のように風で巻き上げられながら、炎は天に昇っていた。
 レナルはそれを憑かれたように見ていた。空はすでに光をなくし、太陽の円環がゆっくりと消えていった。





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©akihiko wataragi