辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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 第十一章:歯車:休息-4

 

 深く、辺境の森の深くである。外郭といわれる、比較的人の入り込みやすい場所から、かなり入った場所だった。木々が茂り、滅多に普通の動物ですら入り込まない特殊な場所である。
 そこには十二人の男女が集まっていた。六人は狼人、残りの六人は妖精である。お互い、森の暗がりで顔もはっきりと見えないが、彼らはそれでもお互いの姿を認識できているようだった。
 司祭(スーシャー) と呼ばれる辺境に住む狼人と妖精の長たちだった。
『シャザーンは本格的に活動を始めたようです。』
 どこからか、木のざわめきのように反響する声が響いた。そして、それは、人が聞きようのない辺境古代語 ( クーティス ) である。
『それに、日蝕の様子が徐々に…。あれでは、外郭の連中や人間もそろそろ気づき始めたでしょう。大騒ぎになるのでは?』
 続けて別の声が聞こえた。
『まずは、シャザーンが問題だが、同時に辺境に侵入する人間の数も増えています。おそらくは、ザメデュケ草などの薬草を中心に狙っているようですが……』
『もし、そうした人間たちと彼が手を組めば、あと六番目と七番目の封印を解いてしまいかねません。』
『特に七番目には、炎とつるぎ、が必要なのですから。』
『人ならば、容易にそれを扱えるはずでしょう。』
『どうすればよいのでしょうか。』
 ざわざわと、風のような声で、彼らは話し合う。
『やはり、人間を締め出さねばならないのではないでしょうか。』
『いいえ、それは、彼らを敵に回すことにはなりはしないでしょうか。この前のような強引な手法には、私は賛成しません。』
 高い女性らしい声が響いた。
『私も同意します。無用な流血を見るのは、賢明ではありません。』
 何が何でも封印を守ろうとする強硬派と、そして、もっと平和的手段で解決しようとする穏健派。そして、多くの中立がこの中にはいるようだった。
『だとすれば、一体どうやって止めればよいものか。力ずくで、といっても、シャザーンの力は我々以上です。誰か、彼を倒すための適任者はいないものか?』
 ふと、一人の声があがる。
『あの「魔幻灯」はどうでしょうか? 炎を怖がらず、そして、鉄を扱う。シャザーンに対抗するには、我々のように人を恐れるものではいけない。』
『だが、あれは、この前、彼に大敗を喫しているし、魔力も弱い。力が弱すぎる。』
『確かに、あの時は負けた。しかし、潜在している能力としては、大変高かったはずです。』
『十一番目の…。そのあたりはどうなのです?』
 話を振られ、十一番目の司祭(スーシャー) 、アヴィト、つまりファルケンに魔術をかけていた司祭 が進み出る。
『そなたは、確かあの魔幻灯に術をかけたそうですね。ならば、その力の程もわかるでしょう。』
『はい。』
 十一番目の司祭(スーシャー) は、ゆっくりとうなずいた。
『確かに、魔力は弱く、戦い方を知りません。ですが、あれは自身の心の問題でしょう。』
『というと?』
『つまり、…理性のない状態では、強いということです。あれは、戦い方を知らず、自分の力を引き出す事を知らないのです。力自体は、もとより備わっています。それも、シャザーンに迫るほどの力を…。ただ、本人がそれを使用することも、解放することも、望んでいないというだけのこと。』
『操り、無理やりに引き出す、ということですか?』
 問われて、アヴィトは頷く。
『…そうすれば、我々よりもあれは強くなるかもしれません。』
 あたりが一瞬、どよめいた。
『そうか、ならば、魔幻灯に。』
『十一番目にお任せしよう。』
 ざわざわと葉の擦れる音のようなささやきが交わされる。彼らがやがて判断を、長にゆだねようという雰囲気を持ち始めたとき、凛とした声が響いた。
『お待ちを!』
 それは、五番目の司祭(スーシャー) のコールンだった。
『一言、注意していただきたいことがある。あれは、われわれの言葉にすべて服従する保証はないのではないだろうか。』
 彼は、一歩前に進み出た。普段は穏やかな眼差しを少し鋭くさせ、彼は言った。
『彼は、元より、辺境から出たものでもあり、そして、人と関わりながら生きているものです。この境界の内に住まうものとは、事情が違います。』
 言ってから、コールンは、嫌悪感を滲ませながらアヴィトをにらみつけた。
『それに十一番目の…。この前、あのファルケン本人に、その友人を殺させようとしたそうですな。酷いことを。』
『それは、あの友人が、辺境に入り込みすぎていたからだ。』
『それだけの理由かな。十一番目の…。もとより、魔幻灯のファルケンは、彼を辺境から追い出した我々に対して、よい感情を抱いていない。…なのにお主の行動はどうなのだ? 果たして、我々の頼みなど聞いてくれると思うのか?』
 コールンの言葉に、アヴィトはハッと顔をしかめた。
『五番目の…。私の先走りだといいたいのか?』
 険悪な雰囲気がその場に流れ、慌てた司祭(スーシャー)たちが、どうしたものかとささやき合う。コールンとアヴィトでは、もちろん五番目であるコールンのほうが、力の上では上なのだが、それだけでは解決できないものがある。
 不意に、声が割って入った。
『こんなところで互いに争うのは賢明ではない。』
 はっと両者は声のするほうを見た。今度は、響きを伴わない肉声で、その声は続けた。
「確かに、あの魔幻灯は、われわれに対して好感情を抱いていないかもしれないが、まだそれでも、あれは辺境とのつながりを捨ててはいない」
 そういったのは、一番前にいた黒く長い髪の青年である。一際、整った顔立ちであるが、黒い髪が普通、緑がかった金髪が圧倒的に多い狼人と妖精の間では異色に見える。それが、よく通るはっきりとした肉声で言った。
「それは、あれが辺境の風習を捨て切れていないことからもわかる。…最後には、必ずこちらに戻ってくる。ということは、最終的には、我々の支配下にあるということだ」
『一番目の…』
 五番目の司祭(スーシャー) 、コールンは、驚いたような口調でいった。一番目、つまり司祭 ( スーシャー ) のうちでも一番の権力をもつ「一番目」が、彼らの中で直接意見を口にするのは珍しいことだ。大体、彼は採択の決定を下すだけで、具体的にあれこれと意見することは少ないのである。
『やはりそれがよいかもしれません。一度、術にかかったということは、それ以後もかかりやすいということです。』
 アヴィトが、助け舟に乗る形で安心した様子で告げた。
『影響下に入れば、思いのとおりに従えさせられるはずです。』
 ざわ、と、場がゆれる。一番目の司祭(スーシャー) が、アヴィトに同意する意を表した時点で、五番目のコールンの意見は否決されたも同然である。
 彼が素直に引き下がろうとしたとき、不意にもうひとつの声が入ってきた。
『一番目…ギルベイス。』
 二番目の司祭とされる、美しい妖精が姿を見せ、ふわりと宙でとまったのでコールンは、上を見上げた。彼女をまとっていた柔らかな金色の光が、すっと消える。
 一番目と二番目の司祭(スーシャー)は、ほぼ同等の力を持つ。それでお互いを牽制し、均衡を崩さないようにしているという。そして、どちらかが狼人、つまり男であった場合、必ず片方は妖精、つまり女性が就任する。
 その対等の立場をもつ二番目の司祭(スーシャー)は、いさめるような口調でいった。
『わたしは、あなたには反対です。無理に命令を利かせて、もし、彼が我々に敵意を抱いたら、…いいえ、もう抱いているかもしれませんが…、そうすれば、彼が第二の敵になるかもしれないとは、あなたは考えないのですか?』
「ほう、エアギア。…そなたは、あれが我々を裏切るといいたいのか?」
 エアギア、という二番目の司祭(スーシャー)の名を名指しして、彼はやや挑発するような口調で言った。だが、二番目の司祭(スーシャー)は、相変わらず穏やかな口調で言った。
『私はそこまでいってはおりません。あの子は、やさしい子ですから。ただ、いつかそれが我々に牙をむくことがあるかもしれない、と言ったのです。』
「だが、炎と鉄が平気で、あれに匹敵するのは、魔幻灯しかいないではないか。そういえば、この前、人間を辺境から締め出そうといった時も反対したのは、そなただったな?」
 ふ、とあざ笑う様な笑みを見せたギルベイスに、エアギアは、顔を伏せるようにしながら首を横に振った。
『あなたは、どうして人にこだわれるのですか? なにも、炎が平気なのは、人だけでも、あの魔幻灯だけでもないはずですよ。…あなたも…一番目…、人の血を遠く引くあなたも平気ではありませんか? あなたが手ずからあのクレーティスをどうして止めないのです?』
 その言葉に、ギルベイスといわれた司祭(スーシャー)の長が、あからさまに顔をしかめたのがわかった。
「それは、二番目、エアギア…」
 ギルベイスの目は、ある種の憎悪を含んで、エアギアに向けられていた。
「いったい、どういうつもり…」
 たずねようとして、ギルベイスの口が止まった。不意にすばやく瞳が横の茂みに向けられる。
「誰だ!」
 一番目の司祭、ギルベイスの手から、銀色の塊が飛んだ。それが鉄製の短剣であるのが、一目でわかる。何者かが身を翻すのがわかった。しろい布が翻り、背負ったつるぎの柄に細工してある宝石が、魔性を感じさせる紅い光を反射する。
「ちっ!」
 そこから飛び出したのは、覆面をした男だった。短剣は、彼の肩をかすめたようだが、その服を軽く裂いただけで身に傷をつけてはいないようだ。
「あれは!」
 十一番目のアヴィトが慌てて声をあげた。
「あれが、この前、私の邪魔をした覆面の狼人です!」
「あれが? 盗み聞きとはいい趣味だが…」
 ギルベイスは、不審そうな目を向ける。すでに、覆面の男の姿は、深い茂みに消えているが、まだ近くにいることは間違いない。
「少し事情を聞きたい。…近衛 ( チィーレ ) に追わせろ」
 ギルベイスが命じると、どの司祭かがふと後ろに向かって何か言ったような気配がした。間もなく、背後から黒い影がいくつか飛ぶ。彼らの守護をする近衛階級の狼人のようだった。
 司祭たちがまた何事かささやきあい始める。あの不審な乱入者は、彼らにとっても好奇と不安の的なのであった。
 ギルベイスは、相変わらず怪訝そうな顔をしたまま、そこに立っていた。先ほどの男を思い出して、彼は小さな声でつぶやく。
「何処かであったか? …初対面とは思えんな…」
 後ろでエアギアが、黙ったまま目を伏せるようにしているのを、ギルベイスは気づいてはいない。

 走る分ではおそらく追いつかれることはないと踏んでいた。すばやく走りながら、イェームはちらりと後ろを見た。案の定、追っ手の姿は見えない。
「このまま、森の外まで逃げてしまうか」
 イェームは呟き、さらにスピードをあげる。枝をつかんだり、そのまま飛び渡ったりしながら、彼は司祭(スーシャー)の追っ手から逃げていた。
 だが、突然、がくんと、ひざが折れる。下から引きずり込まれるような衝撃と共に、めまいがした。
「うっ!」
 イェームは、近くの丈夫な枝に軽くひざをついて、止まった。息が上がり、急に足が思うように動かなくなったのだった。倒れこむように、手をつきながら、真っ青な顔をしたイェームは軽く深呼吸する。
「忘れてた…あいつの影響下じゃ、まだ自由に動けないんだったか…」
 イェームは軽くつぶやく。背後から司祭(スーシャー)とそれを守る近衛の狼人が迫る気配がする。イェームは、身を翻して、すいっと木の間に体を滑り込ませた。古い苔むした木々と、周りの葉が彼の姿を隠してくれる。あとは、気配を消せば、相手にはわかるまい。
 自由には動けない体を木の幹に預け、軽く目を閉じる。耳を澄ませると、近づいてきた足音、というよりは、風の音のようだったが、その音と気配は一度最大まで近づいた後、遠くへと消えていった。
 同時に、ふっと体を縛めていた力のようなものが、緩むのがわかった。イェームは目を開け、地面に足を下ろす。先ほどまで、真っ青になっていた顔色は、ようやく元に戻りつつあった。
「…行ったな」
 滲んだ汗をぬぐい、イェームは深くため息をつく。あの息苦しさも、何もかも、嘘のようにすべて治っていた。「あれ」から遠ざかったことと、その魔力が弱まったせいもあるだろう。
「一番目、ギルベイスか。…相変わらず、勘の鋭いやつだ。できる限り、潜んだつもりだったんだけどなぁ」
 うまくいかないものだ。少しの反省をしながら、それでも彼は得た情報は、思わぬ収穫だったと思った。
「…ああいう事情があったんだな…。…今更になってようやくわかった」
 つぶやきながら、イェームは森の緑にまぎれながら歩き出した。ぱきん、と足元で枯れ木の砕ける音がする。
「事情がわかったからには、今度は、…あんたたちの好きにはさせないぜ」
 思わずもれた独り言は、何か執念めいたものを含んで、静けさを取り戻した森に暗く響いた。


 市場を歩きながら、三人はいろいろなものを物色しながら歩いていた。シレッキの町は、バザールが開かれていて、所狭しと品物が置かれている。それらを見ながら、時折マリスが、楽しそうに声をあげて笑ったりしていた。
「そういえば、最近、ロゥレンちゃんを見かけないわね。元気かしら。どう思います? ファルケンさん」
 マリスに話し掛けられて、ファルケンは軽くあごに手を当てる。
「ロゥレン? そういえば、オレも会ってないな。あいつのことだから、多分大丈夫だよ」
「そうですね。…ロゥレンちゃんも、一緒に行けたらよかったんですけど」
 マリスはどうやら、いつの間にやら勝手にロゥレンを親友扱いしているらしい。レックハルドは、ロゥレンがそういわれてどれほど困惑するのか考えて、思わず失笑した。
(まぁ、マリスさんに振り回されて当然ってとこかぁ?)
「オレはこの前会いましたよ。元気そうでしたし、あちらも会いたいっていってましたよ」
 にやにやしながら、レックハルドは無責任にそんなことを言う。
「そうですか! じゃあ、今度また辺境のほうに寄ってみますね! お二人も一緒に行きませんか?」
「オ、オレは……」
 にっこりと笑ってマリスがそういったとき、ファルケンが不意に暗い顔をした。司祭(スーシャー)に操られていたことを自覚している彼は、しばらく辺境には近づけないことを自分でわかっている。その表情の微妙な変化を見逃さなかったレックハルドは、慌てたように明るい声で言った。
「あ! これどうですか? マリスさん!」
 露天の一角にある綺麗な首飾りを指し示し、レックハルドはさらに続ける。
「マリスさんに似合うと思いますよ」
「ホントですか? とても綺麗…!」
 素直に感嘆の声をあげるマリスに、早速露天商が声をかけてきている。その様子をみて、レックハルドは、少し小声でファルケンにいきなり呼びかけた。
「そうそう、そういえば、ファルケン、お前案外手先が器用なんだよな! なんか、今、アクセサリとか持ってないのかよ?」
「え、ああ、ちょっとだけ…。寝てる間暇だから、作ったのがあるけど…」
 いきなり、訊かれたのもあり、ファルケンの顔からは先ほどの表情は消えていた。そのまま、ポケットから布にくるまれたものを取り出した。中を開くと木で作った三つの髪飾りがあらわれた。
「この前から削ってたのは、これか? 木屑ばかり出しやがってと思ったが、結構上等だな」
 レックハルドは、その中でも一番綺麗に石で飾り立てたものをつかみ、太陽にかざして見る。色は塗られていないが、蝶をかたどった細工に、魔術的な文字が描かれている。どちらにしろ、ファルケンの手から作られたとは思えないような上等のシロモノだった。にっと満足そうに笑うと、彼は突然いった。
「ファルケン、これをオレにくれ」
「え? レックがつけるのか?」
「そんなわけないだろうが! マリスさんにあげるんだ!」
 何を訳のわからねえことをいいやがる。と、レックハルドは、声に出さずに態度で示し、上着の隠しポケットに手を入れた。古い小さな袋を取り出し、手のひらに中身を出した。明らかに、それは金貨だった。三枚の金貨のうち、レックハルドは一枚を選び、裏表を確かめると、こともなげにファルケンに投げてよこした。
「じゃあ、代わりにそれやるわ。それをこの報酬に当てろ」
「これ?」
 ファルケンは、少し驚いた様子で金貨を見た。どこかで見たことのあるようなそれには、表に狼、裏に剣が描かれている。少なくともメッキではなさそうだし、ケチなレックハルドがくれるにしてはあまりにも高価なものだった。慌ててファルケンは、レックハルドにそれを返そうとした。
「報酬なんていらないよ。それ、たいしたもんじゃないんだし。こんな金貨なんて…。せいぜい銅貨三枚ってところだよ」
「これは特別だからいいんだよ。…マリスさん用に手はぬけねえ」
 レックハルドはそういいながら、悪戯っぽく笑った。それから、より小さな声で、レックハルドはファルケンの襟をつかみながら言った。
「それにだな、金貨の一枚、二枚、そんなもん惜しんでたら、いつまでたっても大物になれんだろうが!」
 ケチなレックハルドが、いきなりそんなことを言ったので、ファルケンは少なからず驚いた。
「…ま、やるってんだから、素直にもらっとけばいいんじゃねえの」
 そっけなく言いながら、レックハルドは、マリスのほうに向かっていった。ファルケンは、何か考え込んでいるようだったが、結局、よくわからなくなり、ため息をついて金貨を見た。
「…後で返しておこうかな…」
 マリスといる時のレックハルドは、そういえば少し気が大きくなる。後で、こんな大盤振る舞いをすると、ひどく嘆くのが目に見えている。
「おい! 何ぼさーっとしてるんだ! 次行くぞ!」
 結局、首飾りをお買い上げのマリスとレックハルドが、ファルケンを呼ぶのが聞こえた。そちら側には、ちょうど仕立て屋がある。そういえば、今日は自分の服を仕立てに来たのだった。それを思い出し、ファルケンは金貨を直しこむと、慌ててそちらのほうに向かった。





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©akihiko wataragi