辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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第三章:予感 4:タンジス

 ピリスは、ヒュルカとキルファンドの手前にある商業都市である。何となく下町の雰囲気があり、商人達が活気付いているいい雰囲気の街である。
 珍しいこともあるものだとファルケンは思っていた。普段、寄り道をしたがらないレックハルドが、ピリスに寄り道していきたいと言い出したのだから。
「ピリスには何があるんだ?何か儲かる話とか?」
 ファルケンが少し身をかがめながらきいた。街中の人ごみの中でも大きなファルケンは、少々目立つ。
「お前、オレのことを金と商売しか興味のないやつだと思ってないか?」
 むっとしたレックハルドの冷たい視線にさらされて、ファルケンは思わずあたふたと言い訳をする。失言だったらしい。
「マ、マリスさんも大切に思ってるの知ってるし、レックのことはそんな風には…」
「へ〜ぇ。お前、嘘つけないタイプだもんなぁ」
 じとりと視線が浴びせられる。だが、レックハルドはあまり一つの物事にこだわるタイプでもなく、ファルケンが言い訳なりフォローなりを頭を絞って考えている間にすでに怒りは納まったらしかった。
「まぁ、いいか。別にピリスには商売しに来たわけじゃないぜ。いい物があるから、仕入れぐらいはしてくかもしれないけど」
「じゃあ、何だ?」
「ちょっと挨拶してきたいやつがいるんでさ」
「挨拶?」
 ファルケンは碧色の目をぱちくりさせた。レックハルドから知り合いの話をされるのは初めてだ。思い返せば、レックハルドからは一度も知り合いの話を聞かなかった。
「じゃ、レックの友達か?」
「友達なんて高尚なもんはいねえといっただろうが」
 冷たく言い返し、それからレックハルドは頭の後ろで手を組む。
「そうだなぁ。腐れ縁って感じかな。まぁ、世話にはなったし、オレも無事に堅気になったってえわけで、報告ぐらいはしておこうと思ったんだ」
「どんな人だ?優しい人か?」
 ファルケンが興味深げにわくわくと訊いた。
「ああ?そんな気になるようなタイプの人間じゃねえよ。ぼさーっとしてるし、なんていうかなぁ。商人としてはちょっと問題のあるヤツだよ。うん。あのオヤジは商人にゃあ向いてないっていうかな」
 商店街の通りを歩きながら、ふと古い一軒の店が目に入る。魚屋らしい。
「ああ、あそこだ」
「魚屋?」
「そうそう。ピリスは港に近いからな〜」
 店の前で小さな子どもたちが遊んでいる。レックハルドは、そこに近寄って少しわらって声をかけた。
「よう。ジャニス。元気にしてるか?」
 子どものひとりが顔を上げた。その顔がみるみる笑顔になる。
「レックハルドお兄ちゃんだ〜!」
 ジャニスといわれた男の子がレックハルドに抱きついた。
「元気そうだな。また。で、ジャンのおやじさんは元気か?」
「うん。お父さんはげんきだよ〜!あれ〜!?」
 ジャニスが素っ頓狂な声を上げて、後ろのファルケンを見た。
「あの人誰?」
「あぁ、あれはオレの相棒でファルケンっていうヤツだ」
 レックハルドはちょっと手を後ろに向けてそう示した。ファルケンは、子供に怖がられないかどうか不安そうなそぶりをみせながらもそっと手を挙げてみる。
「へえ。レックハルドお兄ちゃん、相棒なんていたんだぁ」
 ジャニスがやたらと驚いた顔をするのでレックハルドは少しだけむっとした。
「何だよ、その言い方は」
「だって、お兄ちゃん、友達の一人も連れてきたことないから。いないのかなあっておもってた」
 言われて少し焦ったようにレックハルドはまくし立てる。
「よ、よけいなお世話だ」
「じゃあ、僕、おとうさんよんでくるね〜」
 ジャニスはそう言って、たたたたたと足音をたてて走っていった。レックハルドは、いささか不機嫌そうな顔をしたまま黙っていた。
「レック、なんで不機嫌なんだ?」
「うるっせえな。黙ってろ!」
 ファルケンの無神経な一言をすぐさま黙らせたレックハルドの目の前に、前掛けで手を拭きながら、少々こぶとりな中年にさしかかった位の男が現れた。いかにも善良そうな顔つきで、親しみやすそうな反面、詐欺師にすぐひっかかりそうな印象である。要はお人好しであるのだ。
「やあ、ジャンティーのおやじさん。久しぶりだな」
 ジャンティーと呼ばれた中年の魚屋は、にこりと笑いかけてそれに答えようとしたが、すぐにその笑顔は凍り付いた。
「レックハルド!とうとう、奴隷商にまで手を染めて!!あぁぁ、お前の更正の為を思って私が何度警官からお前をかばったと思ってるんだ。落ちるところまで落ちてしまって!私は悲しい!堅気は無理でも、せめてスリ少年のままの方がいくらかましだった〜!」
 ファルケンが、きょとんとした顔で聞き返す。
「奴隷商……?」
「ははは。あんたにまでいきなりそんな言い方されるとは思ってなかったぜ……」
 レックハルドは、少々ひきつった、しかし、あきらめの入った笑みを浮かべ、静かにそれを受け止めているようだった。
 

 タンジスは、本名をジャンティー=タンジスという妻と子供を二人持つ商人である。レックハルドは、昔、このピリスの町で色々悪事を働いていたらしいが、その時、色々面倒をみてくれたのが、タンジスだという。一度は、警官にひっぱられかけたレックハルドをかくまってくれたこともある、何とも人の良い男だという話だ。
 ようやく説得を済ませ、彼が家の中に何か用意をしてくるといって走っていって閉まってから、レックハルドは何となく疲れた顔で、簡単にファルケンに話した。
「はい。どうぞ」
 ようやく客間に通されて、一息ついていると、長女のミリアがとことこと歩いてきて、お盆の上のカップを二つテーブルに並べた。
「ありがとな。ミリア」
 優しいミリアは、かわいい顔を少し心配そうにしかめてなんとか励まそうとしていた。
「レックハルドお兄ちゃん、気を落としちゃだめよ」
「はははー。ミリアにそう言われると、オレ、心の底からうれしくなる感じ……」
(その割には、どうして目が遠くを見てるんだろう。何で?)
とききかけて、ファルケンは慌てて口をつぐんだ。今日は失言が多かったのに、これ以上、機嫌を悪くさせると大変である。
「ファルケンお兄ちゃんもゆっくりしていってね」
 ミリアに突然声をかけられて、ファルケンは、レックハルドがどうして遠い目をしているのか。という謎についてあれこれ考えるのをやめた。
「ああ、ありがとな〜。家の手伝いか?えらいな〜」
「えへへ。お客さんにお茶を出すのはねえ、あたしのお仕事なのよ〜」
 にっと笑い、ファルケンはミリアに答え、また、ミリアもにこりと笑い、何となく和やかな雰囲気が周りだけを取り囲む。似たもの同士なのか、やたら平和な空気が流れていた。ただし、レックハルドだけはその中ではあまりにもよどんだ空気の中にいたのだが。
 ジャンティー=タンジス、という魚屋の主人は、裏のない笑いを見せながら言った。
「悪かったね。レックハルド。てっきり、お前が悪の道にまっすぐ進んでしまったかと思って。あの頃、あれだけ悪いことをしてたから、今度はどんな知能犯罪を行っているかと思うとねえ」
「せ、先入観で決めるなよ! オレは今は真面目に……」
「いやぁ、お前がまさか堅気になる気を起こすとは夢にも思わなかった。真面目に働いてくれて私はうれしいよ」
 タンジスは、はははとのんきに笑っているが、レックハルドの方はいまだ納得できない顔をして頬杖をついていた。
「全然信用してなかったくせに……」
 ぼそりと吐き捨てるレックハルドの気持ちもわからないではなかった。ファルケンを交えてどうにか堅気になったことを伝えるまでに随分時間がかかってしまったのだ。もっとも、時間が長引いたのはファルケンの説明がむちゃくちゃだったことや、ファルケンがレックハルドに騙されている被害者と間違えられた事もあるのだが、ファルケンも必死だったのでレックハルドとしては責める気にはなれないのであった。そのせいで、憤りの矛先をどこに向けたらよいのか、わからなくなっていたのである。
「タンジスさんとレックは、昔から知り合いなんだなぁ」
 ファルケンが突然口を開いた。
「オレ、レックの知り合いと会うのは初めてだな。話を聞いたのもはじめてだったけど」
「よ、余計な事いうな!」
 なぜか焦り気味にレックハルドがファルケンのマントを引っ張った。
「あはは。そうだろうなぁ。私もレックがまさか友達を連れてくるとはねえ、というよりは、レックがまともに友達といえるような人を作れたとはなあ。驚きだったなあ」
 ため息まじりに、何故か感嘆をもらしながらタンジスは言った。
「な、そんなんじゃねえ!」
 ファルケンが何か言いかける前に、レックハルドが机を叩くように素早く立ち上がった。
「友達とかそんなんじゃねえよ!こんなお人好しでバカな奴なんて!」
「お前はいつまでたっても素直にならないなあ。全く困った奴だ」
 タンジスは、少々あきれるような目でレックハルドを眺めながら言った。
「今まで悪事を働く上での仲間はいたが、こういう風にまともに友達づきあいしている人間はいなかっただろう?」
「うるさいな。ああいう連中は、仕事の上だけの信頼関係なんだよ。ビジネスだビジネス!」 少し苛立ったような言い方をするレックハルドに、タンジスは少し笑う。
「じゃあ、今回はビジネスじゃないんだな?」
「に、荷物運びに一緒に連れてるだけだよ!ビジネスに決まってるだろ!」
 レックハルドはそう言い張ってそっぽを向いてしまったが、何故かタンジスの顔がうれしそうなのをファルケンは感じ取った。
 

 晴れ渡った空の上から、人間の町を見下ろして、少女は軽く舌打ちした。金属にほどこされたまじないのせいか、あの人間の後をこれ以上、追跡することはできない。
「ファルケンのやつ!あたしから逃げようと思って、あんなモノまで作ったのね!何よ!そんなにあたしが嫌いなわけ!」
 苛立ってそう吐き捨て、ロゥレンはピリスの大きな町を見る。雑踏の中に、色んな生活感あふれるものがごった返している。ごちゃごちゃとしすぎていて、森育ちのロゥレンには、ついていけない熱気で満ちあふれていた。
「バカなんだから!どうしてこんな町に行けるのかしら!あいつ!ホント、おかしいんだから!」
 ぶつぶついいながら、ロゥレンはしばらく、さあっと町の上空を巡る。人間の営みと彼女の生活は、まるでかけ離れていた。それに奇妙さを覚えると同時に、密やかな好奇心が頭をもたげる。人間の女の子の着ているかわいい綺麗な服や、きらきら輝く宝石や。
 本当は、ファルケンだけが作れる火の産物である金属と、宝石のきらきらに彩られたあの細工も嫌いではない。同族のものは、あまり、それを良く思っていないようだが。ファルケンは、その輝きが綺麗だと言った。だが、それを彼は同族の者に説明したことはない。
「ちゃんと口で言えばいいじゃない!やっぱり、あいつ、頭悪いわ!」
 ロゥレンは、そう言いながら、少しむっとした顔でピリスの町を見下ろしていた。
 

 あまり子供好きのイメージのないレックハルドだが、別に嫌いではないらしい。向こうでレックハルドが、ミリアとジャニスを相手にカードゲームで遊んでやっていた。いかさまの方法を教えているのかもしれない可能性を考えると、教育に悪いような気もするが、時にはいいだろうと思ってタンジスは、一応ほほえましいその光景を見つめていた。
 ふと、ファルケンがやってきた。彼もカードゲームを一緒にやっていたはずなので、タンジスは少し怪訝そうな顔をした。
「おや、どうしたんだい?」
 ファルケンはばつの悪そうな顔をして、少し苦笑いを浮かべた。
「オレ、あんまりカードは強くないんだ。前にも、負けたことがあって、あの時は大変だったんだ」
 ファルケンがここで言っている「前」とは、彼がレックハルドと出会う前にどこかの賭博場にうっかり引っ張り込まれて、ポーカーで大負けに負け、やくざものの追っ手を撃退しながら逃げたという苦い思い出のことであるが、タンジスはそんなことを知る由もない。
「そうか。誰にでも苦手なことがあるからね。レックはああいう才能に関しては、とんでもなく飛び抜けているから」
 タンジスは、レックハルドがいかさまをしてファルケンをからかっただろうことを見越していった。
「気にすることないよ」
 ファルケンは慌てて首を振った。
「あの、そうじゃなくて、負けてつまらないから出てきたんじゃなくて。オレ、タンジスさんにききたいことがあったんだ」
「何だい?私で役に立つなら何でもきくよ」
 人の良さそうな笑みを浮かべてタンジスは答えた。ファルケンは反対側のイスに座った。
「レックハルドのことだね?」
 こくりとファルケンはうなずいた。
「タンジスさんは何でもお見通しなんだなぁ」
「ははは。それはレックの専売特許みたいなもんで、私なんかねえ」
 タンジスは、軽く笑った。
「で、どうしたのかな?」
「うん。レックが、色々やってるけど、ホントはすごくいい奴だって事は知ってるよ。だから、オレ、レックが昔何やってたかって事とかは別に知ろうとは思わないんだ。でも、一つだけ……」
 ふと、ファルケンの顔にかげりがよぎった。
「レックはいい奴だから、オレがいっても絶対にそうはいわないけど、オレ、レックの迷惑になってないかな……」
「迷惑?」
 不思議そうにタンジスは聞き返した。
「どっちかというと、迷惑かけてるのはあれの方だろう?」
 タンジスは、そっとレックハルド達がいるはずの部屋の方を指さしながらいった。
「もし、かりにファルケン君が迷惑をかけているとしても、あれであの子は面倒見がいいから、何とも思ってないよ」
「そうかな?」
 少しほっとしたらしく、ファルケンの顔に安堵の表情が浮かぶ。
「じゃあ、いいんだけど……」
 と、ファルケンは、また落ち込んだようなそぶりをみせた。
「でも、オレ、レックに隠し事してるんだ」
「隠し事?」
「嘘をついてるみたいなもんだから」
 タンジスは少し笑った。
「あぁ、それは大丈夫。君が嘘を一つついている間に、あいつは三十はついてるからね。それを気に病むことはないよ。あれも気にしないって」
「でも……!」
 だが、ファルケンは引かなかった。彼の顔がやけに深刻なので、タンジスは笑うのをやめた。
「でも……、もし、オレが、人間じゃないってことをレックに何も言ってなかったとしても?レックは気にしないかな?」
 一瞬、タンジスはどきりとした。話の内容をもう一度、反芻してみるが、意味がよくわからない。
「ど、どういう意味だい?」
 ファルケンは、少しうつむいた。
「オレが、人間じゃなく、化け物みたいなものだとしても……。レックは、それでもオレと一緒に旅なんかつづけたりするかな?」
 タンジスは、しばらく、ファルケンを見つめていた。ようやく、彼にもファルケンの正体が思い当たったらしく、少しだけ驚いたような表情を浮かべたが、それはすぐに優しくなった。
「……そうだねえ」
 思いの外、優しい声だったのでファルケンは、顔をあげた。
「レックハルドは、一度信用すると決めたら、きっと何があっても信用してくれるよ。それはそうだよ。自分が、騙されることが絶対ない相手だけを見破るすごい力があるからね、あの子には」
「そうかな……」
「安心しなさい。レックハルドは、決して君が心配するような事はないよ」
 ファルケンは、笑ってうなずいた。
「そうだな。ありがとう。タンジスさん」
「いやいや」
 そう言いながら、タンジスはふと思った。あの人一倍聡いレックハルドが、彼の正体に気づかないで、そのままぼんやり旅をしているなどあり得ることだろうか。もしかしたら……。
(もしかしたら、レックハルドは、わざと騙されてやっている振りをしているだけじゃないのか?)
 その真偽はわからない。レックハルドにきいたところで、彼は絶対に本当のことは、話さないだろう。あまのじゃくなだけでなく、意外に照れ屋でもあるからだ。
 だが、それが本当なら、レックハルドの成長ぶりに、少し誉めて挙げたい気持ちであった。
「さて、ファルケン君ももうそろそろ、ゲームに戻った方がよくないかい?レックも一人で子供二人の世話は大変だろうし」
「ああ、そうするよ。じゃあ、また!」
 ファルケンは途端、元気が出て、彼の息子と同じ様に子供っぽい感じでたったと部屋の方に駆けていった。タンジスはそれを見届けると、やたらとうれしそうな顔をしながら、店の方に歩いていった。
「ちぇっ」
 人気がなくなってから、部屋の後ろの柱の陰にひそんでいた人影が舌打ちをした。
「……あのバカ……」
 レックハルドは、つぶやいた。
「オレがお前に騙されるほど、馬鹿なもんか」
 レックハルドは複雑な気分だった。だが、結局、いつものように肩をすくめて大きくため息をつき、それでまた、いつものように足音を忍ばせて部屋の方に戻っていった。 

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