辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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第四章:騎士ダルシュ(1)
 
 泥だらけの靴に顔をしかめながら、ようやく青年は森の外に出てきた。背中と腰に一本ずつ長い剣。横には短剣をつるしていた。流れの戦士風の出で立ちで、黒髪が風に少しなびいた。
「ちぇっ。ひでえ目にあっちまった!辺境なんかに入るもんじゃねえって昔よく言われたが、ありゃあほんとだな」
 彼は吐き捨て、靴の泥を足を振って落とした。
 ダルシュ。彼はそう呼ばれていた。本人の雰囲気も流れ者風なのであまりわからないが、彼は、王国騎士団の一員である。そんな彼が身なりを変えて、辺境の森に入ったのには訳があった。
 キルファンドに戻ったダルシュはいきなり隊長から呼び出しをくらったのである。元々の荒っぽい気性から、あちこちで喧嘩を起こしたりしているダルシュなので、これは大目玉かと思って冷や冷やしながら隊長の所に行ったが、別にそうでもなかった。
 彼を待っていた隊長は、開口一番こういったのである。
「辺境についての情報がもっと欲しい。ダルシュ。引き続き調査を続けてくれんか?」
 今まであちこち忙しなく走らされていたのは、辺境についての情報を得るためだった。なぜ辺境にこだわっているのかということは、ダルシュはよく知らない。ただ、彼のような騎士は、上の命令を絶対に拝しなければいけない立場だった。快く了承して、今度は何人つれていけばいいかとダルシュが尋ねたとき、隊長はとんでもないことを言ったのである。
「いいや、今回は、おまえ一人だけで行って欲しい。しかも、騎士だという事を悟られぬような格好で、そっと調査して欲しいのだ」
「はぁ?」と思わず、ダルシュは聞き返してしまった。隊長が、おまえだけが頼りだとしきりに言うので、ダルシュはとうとうその命令を受けることになってしまった。
「うう……安請け合いするんじゃなかった」
 今となっては、ダルシュは後悔していた。後でよくよくきくと、辺境の外側で得られる情報だけでは足りないらしい。内部まで入り込んで、より詳しい情報を探ってこいとの事である。
 危険な辺境に、たった一人で潜入……。これはダルシュがいくら腕利きだからといっても、危険すぎる冒険だった。今日もちょっと入ってみたが、すぐに狼に襲われそうになったし、底なし沼に片足がはまったし、巨大蛇をたたっきったし……。
 辺境で一日過ごせば、きっといい騎士物語 ( ロマンス ) でもできることだろう。
「辺境か……、確かに変わった土地だぜ」
 あきらめ混じりの賞賛のため息をつき、ダルシュは言った。
 しかし、感心している場合ではない。情報など何一つ見つけられなかった。いや、正確には「辺境は本当に危険なので、関わらない方が身のためだ」という情報は手に入ったが……。
「やっぱ、狼人にあわなきゃだめか」
 辺境を巡る、辺境の護り、辺境の狼人。彼らと出会い、はなすことができれば情報はかなり得られるだろう。しかし、辺境を絶え間なく移動しているという彼らであるので、出会うのに一苦労である。仮に出会えたとしても、人間に好意的かどうかもわからない彼らが、ダルシュにどんなことをはなしてくれるだろうか。そもそも、人間の言葉をわかってくれるのだろうか。そう考えると、彼らをつてとするのは無理なことに思えた。
 しかし、ふと、ダルシュの頭に思いつくことがあった。そういえば、辺境の外で狼人らしい男を見かけたような気がする。行商人風だったが、片方の男には狼人らしい特徴がいくつかあった。
 だが、あの森で暮らし、外の世界には出てこないといわれている狼人が、行商人になどなっているものだろうか。そう考えると、不自然だった。それとも、何か訳でもあるのだろうか。
「まぁ、よくわからねえが、一つの可能性としてとっておくか」
 ダルシュはため息をついた。考えるのは好きではない。考えるよりも、先に手が出るタイプなのである。
 ダルシュは、とりあえず、シェイザスの元に向かうことにした。占いをよくする彼女なら、何かしらのヒントをくれるかもしれない。
「あいつとまた会うのは、気が引けるが仕方ないか」
 この前、怒らせたことを思い出すと、ダルシュは背筋の当たりに冷たいものが走るのを感じていた。しかし、職務遂行のためには、彼女の協力無しというわけには通らないようであった。
(確か、今度はヒュルカに行くとか言ってたなぁ」
 そういえば、ヒュルカには彼ご執心のマリス嬢もいる。職務中なので、大手を振って会いに行くわけにもいくまいが、町中でバッタリあったりすることもあるに違いない。そう思うと、ダルシュの暗い気持ちに一縷の光が射し込む。
「よし!ヒュルカに行くか!」
 そういって、ダルシュが意気揚々と拳をあげたとき、さーっと空が暗くなった。例の 日蝕が始まったのだ。気合いの入ったところに水を差されて、ダルシュはむっとした。
「ああ、いいところで!全く、どうなってやがるんだよ!この空は!」
 彼は吐き捨てると、足下の小石を力一杯蹴った。八つ当たりされた小石は、街道の方に向かって飛んでいって、二、三度跳ねて止まった。
 
 「日蝕」
 この、幾度となく繰り返される異常な天候に、本能的に人々が危機感を覚えていたのは確かだった。だが、その本当の原因や意味を知るものはほとんどいない。
 騎士のダルシュが、辺境の調査を密命のような状態で受けたのは、カルヴァネスの王国の中でようやくそれに気づきはじめた者がいるということである。
 ダルシュ本人は聞かされていないが、この日蝕の異常と時期をほぼ同じくして、辺境の一端もまた、おかしな現象を起こしていた。ある地域では、辺境の森の一部が枯れ果てた。かと、思えば、森に飲み込まれた町や村もある。それだけではなく、突然枯渇した泉や、増えた砂漠地域など、短期間の間におかしなことがたくさん起こっていた。
 この報告をうけて、カルヴァネスはようやく辺境と日蝕の関連に気づいたのだろう。そして、騎士を派遣することにした。だが、これは公にはできないことでもあるし、まだ確実とはいえなかった。だから、とりあえず辺境の調査を一人の騎士に任せたのである。誠実であり、実力もある、一人の騎士に……。
 
  
 ヒュルカに向かう道の途中、不意にファルケンが足を止めたので、レックハルドは仕方なくそこに止まった。
「何だよ?」
「いや、珍しいものが生えてたから」
 といって、ファルケンは道ばたの草の葉を一枚むしり取った。ハートのような形をした、ツタの葉によく似た形の薄みどりの葉っぱだった。
「何だ?それ?」
「ザメデュケ草だよ。辺境の奥地にはいっぱいあるけど、こんな街道筋に生えてるなんて初めてみた。本物かな?」
 ファルケンは葉の一角をちぎって口に含み、すぐに吐き出した。口の中に、かすかに甘い味が残る。
「間違いないみたいだけどな」
 まだ腑に落ちない顔をしているので、レックハルドは少し鼻先で笑った。
「なに言ってるんだよ?草木ってのは、種が飛んでくればどこにでも生えるって言うだろ?おかしいことないじゃないか」
「ザメデュケ草は、辺境の奥地に生えるから風で飛んできたりはあまりしないんだけどな」
「なんか、それは薬効があるのか?」
 興味本位にレックハルドが尋ねる。
「薬効……っていえるかな。あれを噛みつぶしていると軽く興奮状態になって、かなり好戦的になって暴れ出すんだ。それこそ、前後の見境がないから、そばにいると大変なんだ……」
 ファルケンがけろっといったので、レックハルドは一瞬意味をはかりかねて反応が遅れた。
「……な、なんだそれ!」
 慌ててファルケンを見上げながら、
「お、お前さっき……」
 さっき、葉っぱを囓っていたのをレックハルドは思い出す。ファルケンは、レックハルドの懸念に気づいて笑って答えた。
「あぁ、大丈夫。大体、葉を二、三枚噛んでるとの話だし。オレはちゃんと吐き出しておいたから」
「それを先にいえよ……」
 安堵のため息をつきながら、レックハルドは頭の後ろで手を組んだ。
「しっかし、そんなんだったらちょっと精製すれば、危ない薬として通用しそうだな〜」
 社会の裏側をのぞいたことのあるレックハルドは、多少そういう事情も知っている。
「そういう噂は聞いたことあるけどな」
 意外にもファルケンも多少、意味が分かっているらしい。少し渋い顔をしていた。
「辺境のモノで悪いことをするなんて、オレイヤだな……」
 ファルケンがぽつりと呟いた。
「まぁな。お前、結構辺境が好きだもんな」
 レックハルドが言うと、ファルケンは一転明るい顔をした。
「ああ、オレは辺境が好きだからなあ」
 穏やかな、優しい笑みを浮かべながらファルケンは言った。
「みんなは知らないけど、ホントにあそこは綺麗な所なんだから」
「まぁ、それはそうなんだけどな」
 レックハルドは、困ったような笑いを浮かべた。ファルケンにとっては綺麗な場所だろうが、レックハルドにとっては綺麗かつ危ない所である。多少は慣れたものの、あそこには入り浸りたくないというのが本音だ。
「そんくらいにして、今日はヒュルカまでつこうぜ。マリスさんへのプレゼントも買ったし!」
 マリスのことを思い出すと、レックハルドは急にいてもたってもいられなくなる。あの優しいマリス。今は何をしているだろう。おまけに、この前の(ファルケンが稼いだ)お金で特別なプレゼントも買ってしまった。しかも、ケチなレックハルドには有り得ない高価なものを。マリスはなんて喜んでくれるだろうか。
 レックハルドは、マリスの喜ぶ様子を想像して、いつもはしないような幸せそうな顔をする。もちろん、元手がファルケンだから、これはファルケンのプレゼントに当たるかも知れないなどという事は全く考えていない。
「そうだな。オレもあれを渡さなきゃいけないし」
 ファルケンは、レックハルドと揃いで作ったお守りを思い出した。レックハルドは、マリスとお揃いであるという理由がなければ、きっとあんなものをつけてくれないだろう。ファルケンは、どうしてもマリスにそれを受け取ってもらわなければならなかった。辺境に入る以上、あのお守りはかなり効果を発揮してくれるのだから……。
「それじゃあ、いくぞ!」
「おー!」
 ザメデュケ草のことは忘れ、二人は歩き出した。
「なぁ、ファルケン」
 歩き出してしばらくしてから、ふと、思い出したようにレックハルドは言った。
「ヒュルカに入ったら、オレの名前は呼ぶなよ」
「え?なんで?」
 ファルケンは相変わらず、首を不思議そうに傾げた。
「いいから!そうだなあ、オレのことはハルドって呼べ」
「なんで?」
「しっつけえな!いいから、レックって呼ぶな!いいな!」
 レックハルドは、ピシャリと言ってファルケンの質問を押さえつけた。
「わ、わかったけど」
 何となく納得しきれない顔をしながら、ファルケンは渋々うなずいた。ファルケンが了承したので、レックハルドは少しほっとした。実は、彼はヒュルカにはあまり近づきたくないのだった。マリスがヒュルカにいなければ、絶対にヒュルカは避けて通るだろう。それほど、ヒュルカに居てはまずい理由が彼にはあった。
(ヒュルカは、オレが一番長く悪事を働いたところだからなあ。)
 彼は、心の中で呟く。
(顔が割れるとやばいんだよな〜……。いくら、ファルケンがいるってったって。)
 堅気になるとき、必然的に彼は仲間を裏切ったことになっている。スリにはある程度の組織があり、一応、それに入る形をレックハルドも取っていた。足を洗うには、多少、金を積まなければならないのである。借金すら踏み倒した彼は、当然、そんなもの払わなかった。
 いくら、本人が信用もしていなかった仲間でも、暗黒社会の掟は厳しい。それに、借金を踏み倒して逃げたのも、ヒュルカだった。とにかく、ヒュルカは彼にとっては危険な土地である。辺境の方が少しかわいいぐらいかもしれない。
「あ、でも、マリスさんの前では、レックって呼べよ」
 マリスの前で違う名前で呼ばれるのも困る。レックハルドはそう付け加えた。
「ややこしいな」
 ファルケンは、眉をひそめた。咄嗟に名前を呼び分けることができるほど、彼は器用でもなかった。自信がないのである。
「だーいじょうぶだ。お前にはできる!」
 おだて上手なレックハルドは無責任にそういい、ターバンを少しほどいた。そして、長く余った部分を顔の方に巻きつけ、簡単に覆面をしておいた。
「いいな。オレの為なんだから、協力しろよ!」
「な、なるべく、努力するよ」
 ファルケンはどうも自信がなさそうだった。レックハルドは、その返事に満足して再び手を頭の後ろで組んで歩いた。
 ……ヒュルカまでは、後少しである。 

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©akihiko wataragi