辺境遊戯・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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第三章:予感 3:占い師

「ちょいと道ゆくそのあなた」
 何気なく歩いているうちに、声をかけられてレックハルドは、一応顔を向けた。道端に女の占い師がそこに店を出している。濃い紫の布を頭からかけ、落ち着いた色の長い布を体に巻きつけている。わずかに露出している肌はしろく、なかなか神秘的な印象を持たせる。気まずいことは、この街道に人の姿がまばらだということだ。
「なんだい?オレぁ、占いや迷信は信じねえ主義でな。商売ならご遠慮するぜ」
「商売じゃないわ。ちょっといらっしゃい」
 なかなか綺麗な声の持ち主である。なんだか、いかがわしい商売ではないかと思って、レックハルドが逡巡していると、占い師はばっと立ち上がり、レックハルドの手をいきなり引っ張った。
「な、何するんだ?」
「人の好意は素直に受けなさい!ただで占ってあげよーって言ってるのよ!」
「な、何の好意だ?わーっ!助けろファルケン!いかがわしい女がオレをさらう!!」
 レックハルドは、思わず助けを呼んだが、頼みのファルケンは先程、レックハルドが昼ごはんを買いに一足先に町に走らせたので今はここに居ない。
(まずい!絶対に影に屈強な男たちが居る〜〜!!美女で誘ってなんとかってよく聞くし、前の借金の時の仕返しかなぁ…。あちらこちらで色々やってるから、心当たりがわからねえ〜〜〜!あぁぁ、外国に売られる〜〜!ファルケン〜!戻って来い〜〜〜!!)
 冷静な彼だが、心あたりが多すぎることからいささかパニックに陥り、様々な想像が頭を飛び交うようになっていた。それに気づいて女が嫌な顔をする。
「騒がないでちょうだい!いかがわしくないわよ!」
 女は不機嫌に言って、かぶった紫の布をぱっと取り払った。はらりと黒く美しい髪が流れた。レックハルドは、ドキリとして思わず目を奪われる。
 しろい肌、黒く、美しい流し目。長くつややかな黒髪……。そして、妖艶な唇。年齢は大体二十台の半ばぐらいだろうか。
 そこに居たのは、普段は絶対にお目にかかれない、とんでもない美女だったのである。レックハルドは目を奪われると同時に、先程よりももっと強い疑念にさいなまれた。こんなところで自分に美女が関わるなど、絶対何か裏があるに違いない。
「私はシェイザスというの。旅の占い師ってところかしら」
「な、何が目的だよ。ネェさん」
 警戒心をのぞかせながら、レックハルドは仕方なく机の前の席に座る。占い師の定番のように、女の前には、透き通った水晶玉が置かれていた。
 シェイザスはうふふと笑った。
「そんなに警戒しなくていいでしょう?道行くものはみんな旅人。我々はご同業じゃない」「そういわれりゃあ、そうだけど。同業にロクなやつが居ねえ事もオレは重々に承知しててね」
「なるほど。あなた、顔に似合わず案外賢明ねえ」
 少し馬鹿にされた感じがして、レックハルドは少しだけ不機嫌になる。
「あなたのお名前を聞かせてもらえるかしら?」
 レックハルドは少々ぶっきらぼうに言った。
「レックハルドだ」
「その由来はご存知?」
「さぁね。オレぁ、天涯孤独って身の上だから、誰がつけたんだか知らないんだけどな。ただ、大昔むちゃくちゃやった、どっかの国の宰相の名前だっていうことは聞いたことがあるけど。まぁ、ロクな名前じゃねえ事は確かだな」
 少しだけ嘲笑うような表情を浮かべて、レックハルドは立てた自分のひざの上に頬杖をついた。
「それはどうかしらねぇ。歴史とか伝説は結局、勝ち残ったものが自分の都合にあうように作るものよ。実際はわからないわ」
「ふーん。そういう見方もできるな」
 あまり興味なさげにレックハルドは相槌を打った。
「でも、あなたはその由来の人と負けずとも劣らない、数奇な運命をお持ちだわ。世にも珍しい強運も持っているし、それに運命を切り開く力もある。そして、今は大きな渦中の中にいるわ。普通の人間なら、永遠に関わらないであろう渦の中に」
「何が言いたいんだ?」
「あなた、今、ただならぬ事件に巻き込まれているわね」
 レックハルドは、少し笑った。
「そりゃはずれだよ。オレは、別に何も……」
「それはどうかしら。本人は気づかないこともあるのよ」
 シェイザスはそういって、ふっと笑った。
「あなたのお連れさんは只者じゃないようね。おまけに、あなた、本当は感づいているんでしょう?でも、何も口にしない」
「なっ、オレは別に!」
 そういって、立ち上がったレックハルドを彼女はなだめて座らせる。
「あなたは、非常に珍しい数奇な運命をお持ちだわ。そういうわけで、私の興味としてあなたを占ってみたかったのよ。それに、あなたのお連れさんも中々問題があるみたいだからね」
「オレがああいう連れを持ってちゃダメだって事か?」
「違うわよ。それはあなたが判断するべき問題。運命というものは自分で切り開くもの。結果はわからないわ。ただ、流れとしてあなたは、今、渦の中に自分から飛び込んでいってる、といえるかしら」
 黙りこんでレックハルドは、腕組みをする。
「……あんたは、どうやらホントに高名な占い師みたいだな」
「別に高名でもないわ。ただ、勘が鋭いだけよ」
「じゃあ、オレはこれからどうすればいいわけだ?」
「さぁ、そこまでの助言はできないわ」
 シェイザスは、美しい微笑みを浮かべた。
「……でもね。覚えておきなさい。レックハルド。あなたの運命はあなたの手で切り開かれるでしょう。それが、どんな結果を生んでも、それはあなたの行動が生み出した結果でもあるのです」
 占い師らしい口調でそういって、それからシェイザスは、くだけた感じの表情になった。
「まぁ、私の占いはここまで。後は、自分で考えるのね」
「ぜ、ぜんぜん占いになってないじゃないか」
「私のほうは十分データが取れたからいいのよ」
 にまり、とシェイザスは微笑む。データとは何のデータだ?レックハルドは不安になったが、聞くのも恐ろしい気がして何も触れられずにいた。
「それは、そうと…行商人って事は、あなた、色々な情報を持ってるんじゃない?」
「それは、ネェさんも同じ……」
 言いかけた彼の言葉を、シェイザスは封じ込めた。
「知らないレア〜な情報を探してるのよ!どこどこの伯爵夫人の道ならぬ恋とか、将軍の馬鹿息子の恥ずかしいエピソードとか!あなた、聞いたことはない?」
 ぐいっとシェイザスに迫られて、レックハルドは少し身をのけぞらせた。美人に詰め寄られているのに、嬉しいどころか、むちゃくちゃ怖い……。それほど、シェイザスのどこから来るのかわからない迫力が凄かったということなのであるが……。
「ス、スキャンダル……ってことか?」
「そうよぉ。私、そういう話に目が無くって。ねぇ、そういうのを教えてくれたら、その背中の布のうち、もっとも綺麗なものを買ってあげるわ。だから、教えてほしいのよ」
(……あぁぁ、どうしよう!商魂がわいてこないぞ、この状況!この女、恐い!)
 商人の鑑のような商魂の持ち主の彼でも、ここまで追い込まれてしまうほど、彼女は本当に恐い。
「わ、わかったよ……。じゃ、じゃあ、話を一つ……」
 そういって、レックハルドはこの状況から逃れるためにも、とっておきのスキャンダラスなネタを彼女に話すことになったのだった。
 
 レックハルドから、ある公爵と村娘の身分違いの恋物語をちゃんときいたシェイザスは、薄紫色の布を手に、鼻歌を歌いながら店を片付けていた。そろそろ、ナナスーを離れて、王都キルファンドのような都会に行きたくなったのだ。不思議な運命を持つ人間にもあったことであるし。
 不意に空が暗くなる。また日蝕が始まったのだ。シェイザスは憂鬱そうに言った。
「全く、この兆候を正しく読み取れる人が、世の中にはなんて少ないのかしら」
 暗いうちは、不埒な連中も多くなる。シェイザスは手早く片づけを済ませようとしていた。そのとき、
「おい」
 乱暴な声がかかり、シェイザスは冷たく言った。
「もう終わりでしてよ。旅の人。他を当たってくださいな」
「そうじゃねえ」
 随分しつこい。これは、もしや何か絡んできているのだろうか。ちょうど日蝕が終わりかけ、世の中は少しずつ明るくなっていた。シェイザスは、むっとして声のするほうをキッとにらんだ。そして、すぐに頬を緩めた。
「なぁんだ。ダルシュじゃない。お久しぶり。てっきり、どっかの不心得者かと思ってしまったわよ」
 少し日焼けした顔の背の高い青年は、黒い、ちょっと寝癖の付いた髪をばりばりかいた。
「お前みたいなおっそろしい女に声をかけるような不心得な男がいたら見てみたいもんだね」
「なぁに、その言い方は!王国の騎士が言うようなお言葉とは思えないわね!」
 少しふくれて、シェイザスはじろりと相手を睨む。普通なら、ここで大概の人間は怯えるだろうが、彼はかなりなれていたようで、あまりそれではひるまない。
「実際、恐いじゃねえかよ」
「何の用?」
「いや、仕事でナナスーに派遣された後で、今からキルファンドに帰るんだが、お前らしい占い師が店広げてるって聞いて、ついでに馬に乗せてやろうかなと思って」
 シェイザスは、くすりと笑う。
「まぁ、ご親切ねえ」
「お前みたいな女でも、物好きがいるかもしれねえから……、一人歩きも危ないと思ってさ」
「物好きってのは余計ね。言っとくけど、私はあなたが一生かかってもお目にかかれないような絶世の美人の部類に入るのよ。そんな女とお友達って環境はあなたにはいささか贅沢だわ」
「言ってろ、言ってろ。で、乗るのか、乗らねえのか?」
 まるで本気に聞かず、ダルシュは男友達に対するような素っ気ない言葉をかける。
「もちろん、利用させていただくわよ〜。足で歩くと疲れるものねぇ」
 シェイザスは、そういってにこりと笑う。
 シェイザスを鞍の後ろに乗せて、ダルシュはゆっくりと街道を進み始めた。シェイザスは、ダルシュと背を合わせる形でおり、買ったばかりの布を物色している。なかなか綺麗な、いいセンスの布だ。シェイザスは、彼の見立てに満足した。
(あのボーヤ、なかなかの商売人じゃない。)
 そして、不意に思いついたようにダルシュの顔をのぞいた。何をそこに見たのか、シェイザスはくすくす笑い出す。少しむっとしてダルシュはシェイザスを睨んだ。
「なんだよ?」
「あなた、物思いの相が出てるわねぇ?また、一目ぼれでしょ?」
「ち、違う!」
「隠してもあなたの場合すぐに色に出るからわかるのよ?で、次はどこのどこ人?」
「う……、いや、その、ヒュルカのハザウェイ家のマリスさん……」
 そういって、ダルシュは柄にもなくポッと顔を赤らめる。
「あの名家の娘さん?あぁあ、そりゃああなたには荷が重そうねえ。連続失恋記録更新かしらぁ」
「な、なんだと!ハナッから決め付けるなよ!オレにだってチャンスの一つや二つ」
「なんか、すごく大きなライバル出現の兆しが出てるもの」
 くすくすとシェイザスは笑う。
「まぁ、せいぜいがんばりなさいな」
「ちぇっ!」
 ダルシュは詰まらなさそうな顔をしたまま、馬を進めた。
「でもいいのぉ?」
「ん?何だ?」
「私みたいなのと、馬の二人乗りなんかして変な噂が立ったら、あなたの恋の障害にならないかっていってるのよ?」
 ダルシュは、ハッと鼻先で笑った。
「お前みたいなやつ、絶対女に見えねえから安心しろ!噂が立つわけな……あいて!」
 いきなり、マントを後ろから引っ張られ、ダルシュは首を絞められる形になった。どすの聞いた声が、後ろから響く。
「いい度胸ねえ。私は、世間から見て女に見えない面ってわけ?ええ?」
「おい!やめろ!手綱が!!落馬する!!」
「すればいいじゃないの?この馬鹿騎士!」
 にぎやかに言い合いながら、この青年騎士と曰くありげな美しい女性の乗った馬は、やがて街道の向こう、キルファンドを目指して徐々に小さくなってゆくのであった。
 
 
「お前なぁ、遅いと思ったらこんなところにまぎれて……」
 レックハルドは、呆れながらファルケンの買ってきた、ナンのようなものに野菜と肉を挟んだようなものを口に入れながら言った。
 彼がシェイザスからようやく解放され、ほとんど逃げるように町に行ったとき、はずれの方で人ごみの中で呆然と立ち尽くしているファルケンを見つけたのだった。
「すごい人だったもんだから、出られなくなったんだよな〜。ナナスーは港町だけど、こんなに人がいるとは思わなかったなぁ」
「ここは競馬場だぞ。どこに紛れ込んでるんだよ」
 賭け事というものは、どこの町でも国でも場所を問わずに流行るものである。比較的静かな町であるナナスーの競馬場は、その町とは別の町であるかのように華やかだ。
「こんな港町に競馬場があるとは思わなかったんだ」
「馬鹿だね。船乗りが集まる場所には、結構博打場があるもんだよ。まぁ、この競馬場はちょっと大掛かり過ぎるけどな」
 そう言ってふとレックハルドは、人ごみから解放されて安心して食事にありつくファルケンの上着のポケットを見た。何か紙状のものが飛び出している。
「なんだそれ?また、変なもんを買わされたんじゃないだろうな」
 ファルケンは人一倍人がいいだけでなく、人一倍騙されやすい。悪徳商法に引っかかることもあるし、断れずについつい何かを買ってたりすることもある。
「あ、これ?あのさ、なんか紛れてたら馬券かわされちゃったんだ」
「ば、馬券!お前な、そういう無駄なことに金使うなよ!大体博打で儲けたような悪銭は身につかねえんだぞ!」
 レックハルドには言われたくない台詞が公然と彼の口からはかれる。
「うーん、だって、断れなかったから。いつの間にか、列の中に入っちゃってて」
「で、レースはどうだったんだ?負けたんだろ?」
「あ、それがね」
 といって、ファルケンはひょいとそのポケットの中のものを取り出した。紙の束に見えたそれは、なんと紙幣である。レックハルドが条件反射でさっとファルケンの手から異様に鮮やかにそれを取り上げた。
「なな、なんだ、これは!」
「お金」
「そうじゃなく」
「紙のお金」
「形状を聞いてるんじゃねえ!どうしたんだよ!」
「だから、オレが買った馬券が当たったんだって。それで、換金してもらったんだ」
 レックハルドは呆然としながらも、必死で幾らあるか紙幣を数え始めた。
「でも、オレ、ちょっとしか賭けてなかったんだけどなぁ。なんで、こんなにいっぱい。分裂?」
「違う…」
 全部で800ベールある。ちょっとした宝石が買えるような大金だ。レックハルドはゆっくりとファルケンのほうに振り向いた。ファルケンは、もしかして怒らせたかと思い、そーっとレックハルドの表情を伺って見る。にかっとレックハルドが怪しげな笑いを浮かべた。続いてちょっと素っ頓狂な爆笑が続いた。  
「うわ〜〜〜!天才だ!お前はぁああ!万馬券だ万馬券だ!!今なら、谷底に飛び込んでも平気だぜ!いや!むしろ、オレは断崖絶壁から、金もって谷川に飛び込みたい!ひゃはははは!」
「い、いや、そんなことしたら危ないよ!レック!断崖絶壁は危ないよ!お札じゃなくて金塊だったらしっかりおもりになるよ!上がってこないよ!」
 注目点は違うが、ファルケンがまともにレックハルドを止めにかかる。
「はーっはっはっは!最高だぜ!!」
「わー!レックがどこかの世界へいっちゃったよ〜〜!」
 さすがのファルケンも、これが異常極まりない状況だということはわかるので、どうにかしなければと、レックハルドをゆすってみる。だが、彼はむしろ高熱にでもうかされているのではないかと思えるぐらい、うっとりとした顔をして、
「そうだよなぁ、馬はオレを裏切ったりしないよなあ。同郷のよしみだよなあ。落馬だってほとんどしないもんなぁ。オレに金を運んでくれるんだよなぁ」
 今、おそらく彼の頭は生まれ故郷の大草原に飛んでいた。
「レック!何ぶつぶつ言ってるんだよ!馬はお金は運んでこないよ!」
 物理的な意味で応えるファルケンであった。
 何しろ、この臨時収入は、マリスへのプレゼント代として消えることになるのであるが、レックハルドのよくわからないハイテンションはしばらく続いたという。

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©akihiko wataragi