「なあ、そろそろいいだろう? もう誰も見ちゃいねえよ」
ゼダは、上着をわずかにはねながら、そっと背後に目をやった。
「オレは、見かけほど気が長くねえ。……ずらずら、ずっと着いてこられるとどうもイライラするんだよ……。決着は早めにつけようぜ」
そうゼダが口を開いたとき、暗い空に、ちらりと何かが瞬いたような気がした。ゼダは冷静に左手にかけていた柄をそのまま引き抜くと、一瞬だけ魚の鱗のように光ったものに向けて斜め上に薙いだ。甲高い金属音と共に、確かな衝撃があり、ゼダは刀を振るった勢いを利用してそのまま振り返った。
「いきなり飛び道具とはやるなあ」
ゼダは、にんまりしながらたたき落としたばかりの短剣をちらりと確認した。
「てめえ、どうして……」
闇の中から低く唸るような声がした。それが、例の男であることは姿をみなくてもわかる。
「何故わかった! どうして、オレがついてきていることがわかったんだ!」
興奮気味に話す男の声をききながら、ゼダは物憂げに笑った。
「オレもどっちかてえとしつけえ方だからな、おたくさんのようなシツコイ奴のことはよくわかってるつもりだ」
ゼダは、剣を無造作にさげている。別に構えをとるでもなく、警戒するようすもない。
「一度恥をかかされると、どうしてもそいつに落とし前をつけなきゃ、気が済まなくなる。そうだろ、……おめえさんがそうであるように、オレも落とし前ってやつをつけるのが、好きなのさ」
闇に慣れた目に、一人の男と後ろに数人が見えた。ベリレルは、すでに刀を抜いている。血の気の多い奴だ、と心の中で嘲笑いながら、ゼダは冗談めかして片目を閉じた。
「でも、集団で来るとはいけすかねえなあ……。おたくさんは、勝負の醍醐味って奴がわかってねえらしい。あの三白眼野郎より無粋とは、こりゃちょっと問題だぜえ」
「るせえ! なんで、いちいちオレの邪魔をするんだっ!」
話を聞かない様子の相手が、夕闇の中ですでに斬り掛かりそうに剣を構えているのがわかった。ゼダはその緊迫感を肌でひしひし感じていた。
「頭の悪そうな質問だけは勘弁しろよ、わかんねえのか?」
ゼダは挑発的に言って、前髪に隠れかけた目を相手に向けた。
「正直、てめえがどうしようが、オレの知った事じゃないね。そもそも、オレみたいな放蕩三昧の遊び人が、てめーに説教どうたら垂れる気なんざハナからねえよ。オレがてめえに関わった理由はただひとつだろ? ただ、単純にてめえが気にくわなかったからよ」
ゼダは、冷たく言い放ち、闇を透かして取り囲んでいる連中の顔を見やった。
「それに、その顔ぶれ……てめえ、あの三白眼野郎と同じ名前の奴、シャー=レンク=ルギィズに雇われたんだろう?」
「ち、違う! オレはッ!」
ベリレルは顔色を変えた。この街には、シャー=ルギィズという男が二人いる。片方は、酒場で踊ってばかりの遊び人のシャーで、もう一人は、暗殺から詐欺まで手がけるという噂の大悪党のシャー=レンク=ルギィズという男である。王都に一大勢力をもつ、レンク=シャーを人違いして、シャーに会いに来るものもいるほど、紛らわしい名前をしているが、二人自体は間違いようのない別人で、その人相風体から性格まで共通しているところは全くと言っていいほどなかった。
「レンク=シャー……ねえ。……あの男なら、あり得ない話じゃねえ」
ゼダは、笑いながら目を伏せた。
「てめえは、確か、前の親分に頼まれて、その宿敵を闇討ちにした。ほとんどだまし討ち同然だったんだろう? そんなてめえを手元に置いておくような奴なんていねえよ。だって、そうだろが、いつ寝首かかれるかわかんねぇもんなあ。信用問題にも関わるし……。たった一人、あの底意地の悪いレンクをのぞいてはな!」
ゼダは、ベリレルの真っ青になった顔を見ながらにやりとした。
「あのレンクって奴がオレは嫌いでねえ……。やくざの癖に、王宮の王妃とつるんで、この前の内乱の時に、王子を次々と殺したのは、あいつだって話だろ? やくざの癖に女に買われて暗殺に手を貸すような、その腐れきった根性が、オレは昔から嫌いだったのよ! ……だから、それにやすやすと飼われてるような、てめえが余計に気にくわねえんだよ!」
「う、うるせえっ! オレは、あいつとは関係ないッ!」
ベリレルは叫ぶようにいった。だが、ゼダは喋るのをやめない。
「でも、わかるぜ。さすがに、てめえと関わりをもってるってことを、あのレンク=シャーも表沙汰にしたくねえんだろう? だから、てめえに口封じをした。……だが、オレは、その後ろの数人を見たことがあるのさ。レンクの屋敷に出入りしてるのをな!」
「ごちゃごちゃうるせえっ! 耳障りだ!」
ベリレルの怒鳴り声を受けて、ゼダは軽く肩をすくめた。
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