たっ、と音が鳴り、ベリレルが一歩足を寄せた。ようやく影からでてきたベリレルの顔色は、何故か青ざめて見えた。八割方は怒りによるもので、あとの二割は光の加減だな、とゼダは、他人事のように思った。ベリレルは、すぐに口を開いた。すでに抜きはなっていた刃が、落陽の残光を浴びて赤くきらめいた。
「殺してやる!」
風を切り裂きながら、いきなりベリレルはゼダに斬りかかった。ゼダは、冷静に足を後退させ、それを余裕で避けてひき下がる。
「今日は血の気の多い奴と縁があるみてえだなあ」
そんなことを言いながら、ゼダは剣を引きつけて顔を上げた。
「いいか、オレから抜いたんじゃねえぞ。オレは売られた喧嘩は買う主義なんだ。最初に言っておくが、オレはあの三白眼とは違う。ああいう器用な可愛がり方はできねえ! 覚悟しとけよ!」
「うるせえ!」
ベリレルの言い分を無視して、うっすらと笑いながら、ゼダは首をやや斜めに傾けた。
「だから、もう一度いっておくぜ……。オレから抜いたんじゃねえ、どうなろうが、オレの知った事じゃねえからな!」
「ごちゃごちゃうるせええ!」
ゼダの御託に聞き飽きていたベリレルは癇癪を爆発させる。その声に弾かれて、闇に潜んでいた者達も、行動に移る。
「うるせえしか言えないような、頭の悪い奴とは戦いたくねえんだがなあ」
ゼダは冷たく笑みながら、足を進めた。
砂で固い地面を踏み出す複数の音が、走るゼダの耳に響く。もう太陽は落ちてしまっていて、目の前の暗さは徐々に増していく。その中で、影がわずかに動いているのがわかる程度だ。
「そこだな!」
ゼダは、一番右側に身を寄せた。そこから一人飛び込んできているのがわかったからだ。さすがに、この状態で数人と一度に戦うほど、ゼダは馬鹿正直ではない。
ゼダの使っている剣は、相手に太刀筋が読まれないかわり、扱いづらい剣でもある。敵の攻撃を受け止めるには、そう適していない。斜めに体をそらせながら、剣を受け止めたゼダは、鍔ごと相手にぶつかるように力を入れた。みかけよりゼダは力がある。そのまま、弾みと力ずくで相手を押し倒し、ひっくり返させると、素早く横からかかってきた男に剣を返す。
しゃあっと沈み込みながら進んでくるようなゼダの独特の剣使いに、男は一瞬戸惑った。そもそも、刀の形状が特殊であるだけでも動きが読みづらいのに、ゼダはおまけに左利きで、右利きの人間とは筋が逆になる。男は、ゼダの刃が歪みくねりながら迫ってくるのを目にした。
「うわあああ!」
ヒュッと風の音が鳴ると共に、男のわめき声が闇の中に響き渡り、何かが倒れる音がする。近くにいたものが、慌ててそちらに向かう。
わずかな光の下で、男が一人倒れている。その両手が首筋にあてられ、そこから血が溢れていた。
「おい!」
「安心しろォ! 加減してやったんだ! そのくらいで死ぬほど、柔じゃねえだろうがよ!」
ゼダの声が笑いを含みながら響いた。
「おいおい、首の皮一枚かすっただけで気絶するとは、それでよくこんな仕事やってられるなあ」
男をのぞき込んでいた男の肩に、ひょいと手が乗った。ハッと彼が振り返ろうとしたとき、ゼダの膝がみぞおち付近を強打する。そのまま崩れ落ちかける男を、地面に叩き伏せ、彼は上着をまだ肩にひっかけたまま、身を軽く翻す。
しゅっとゼダは頬の先に風圧を感じて、顔を逸らす。視線の先を、冷たい刃物が通っていった。ゼダは、視線を下げる。ベリレルの血走った目とあい、ゼダは笑みをゆがめた。 身を翻した一瞬を、ベリレルに突かれたのだ。奇声をあげて、ベリレルはもう一閃した。ゼダは体勢を大きく崩しながら、下からそれを打ち上げる。軽く前髪に掠ったらしく、髪の毛がはらはらと顔にかかるのがわかった。上着が肩から外れ、はらりと落ちる。
「くそっ!」
勢いに任せてベリレルの振るったもう一筋を、ゼダは身を反らしてやりすごす。反った体勢を立て直し、後退すると、ゼダはにやりとした。
「なるほど、……頭が悪いわりにゃあ有名だと思ったら、ソコソコ腕はあるんだな! 見直したぜ!」
ゼダは、体勢を低くとり、軽く左手の柄を持ち直す。足下に、例の赤い上着が落ちていた。
先程二人ほど痛めつけたが、連中はまだいる。闇にまぎれて、数人確認できないものがいるが、見えている五人の他にもきっといるだろう。
(さすがにこれだけの人数捌きながらやるのは、ちょっと辛いもんがあるが……)
ゼダは、前髪を軽く払い、闇を透かすようにして見た。
「まぁ、どうにかなるだろうぜ」
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