ゼダは、足下の上着を蹴り、同時に地面を蹴った。ベリレルと、見えている限りの数人の男達はゼダに向けて一斉に飛び掛かってくる。駆け寄りながら、ベリレルは目に迫ってくる数本の刃のわずかな照り返しをみながら、どう対処するか一瞬で考えをまとめる。
 普段の大人しい男の目とは明らかに違うゼダの目は、蛇のようというよりは、獣のような殺気を含んで輝いているようだった。


 向こう側から、金属のぶつかる音がしきりに聞こえてきていた。
「どうだ?」
「さあ、今日は暗くて、……よくみえねえんだが……」
 男二人が路地の上に立って向こう側の様子をうかがっていた。彼らがここにいるのは、余計な通行人を遮断するためでもあり、向こうで戦っている仲間達が不利になれば、応援をよこさせる使いを呼ぶためでもある。
「ベリレルって奴の護衛を頼まれてるからなあ、一応危なくなったら、手を貸さないと……。親分は、あいつには利用価値があるから見殺しにはするなっていっていたからな」
「ああ……。まあ、相手は一人だというし、大丈夫だろう?」
 男の一人が肩をすくめ、ふと物音のする反対側に足を進めた。
「おい、どこいくんだ?」
「ああ、大丈夫なら、ちょっと酒でもと思ってよ。冷えてきたし、それに、どうせあいつが勝つだろうからよ」
「まあ、そりゃそうだが……」
 彼は、迷うことなくずんずんと闇の中に進んでいくが、男は止めきれない。どうやら、彼の方が少し地位が上のようだ。
「なにかあったら呼んでくれ! この先でちょっと飲んでくる!」
「あ、ああ……わかった……」
 仕方なくそう答え、男はため息をついて仲間を見送る。月のない夜の闇は、簡単に彼を飲み込んでいった。
 向こう側からは、まだ金属の音と喚くような人の声が聞こえる。戦況はわからないが、あれだけ仲間がいるし、ベリレルの腕も知っているので、男はあまり心配しなかった。
 ふと、ざりざりと後ろから微かに足音がした。砂をすって歩いているような音に、男はふと耳を立てる。闇の中で、わずかにふらふらと歩いてくる人影が見えた。どこかの酔っぱらいでも迷い込んできたか、それとも通行人か。男は、追い払おうと、そちらを向いた。
 闇の中の人物は、軽く手をあげたようだが、足を止めない。
「やぁ! お久しぶり! 元気?」
 そんな声をかけられ、男はきょとんとした。聞き覚えのない声だし、それに、第一あまりにも緊迫感がなさすぎる。これは本当に酔っぱらいだろうと決めつけて、男はとっとと追い返そうと、足をやってくる通行人の方に向け、そのまま詰め寄ろうとした。
「なんだ、てめ……」
 そういいかけた男は、思わず瞬きした。というのも、先程までふらふらと近寄ってきていた人物が、突然、タッと足を速めたからだ。そのまま、ぶつかりそうなほど近くまで駆け寄ってきた人影とすれ違うかと思った瞬間、男はぐふ、と息を詰まらせる。ふらりとよろめいたところを、上から強く打ち込まれ、そのままその場に崩れ落ちた。
「さっき、一杯ひっかけにいったお仲間は、先に夢の中だ……。あんたもさっそく、夢で一杯やれよ」
 そういって、すっと突きだした刀の柄を引き、闇にかくれていた男は、痩せた体をひょいと近く壁にもたせかけた。足下では、先程の男がだらしなく気を失っている。それを冷徹な目で確認して、彼は物音のするほうに目を向けた。
「おたくついてるね。相手があいつじゃなくて」
 冷たくいいながら、彼は夜になぜか余計に青く見えるような瞳をちらつかせていった。
「ホント、マジで、幸せだと思いなよ」






 金属音が響き、シャアッと風ごと足を切られ、男が倒れる。悲鳴をあげている男の傷は、それほど深いものではないが、それにしても一時的な動きを奪うには足るほどだ。それよりも、たった一合剣を交えただけで手だてなく叩きふせられた事による精神的な衝撃の方が大きい。相手の太刀筋がつかめなかったということは、それだけ相手と自分の力の差をまざまざ見せつけられることになり、それは、恐怖心と直結する。そうなれば、戦意を保つのが難しくなるのだ。
 すでに地面には、何人かが倒れ込んでいた。どうしたものか、剣を握りながら考えている様子の仲間も数人いる。
「そう怯えなくても、今回はトドメまではささねえよ。そう、殺しはしないぜ」
 ゼダは急に妙に優しい声色でそう告げた。
「レンクのやつに恨まれるのは、別にかまわねえが、騒ぎになるのは嫌だからなあ!」
 それに、と、ゼダはにやにやしつつ言った。
「オレの剣じゃ、切り口見れば、誰が殺ったか一発でばれちまうだろう? だから、ここで口封じなんて下手な了見はおこさねえよ。隠して後でばれたほうが、恨みは深いからなあ」
 言いながら、ゼダはふと一瞬だけ眉をひそめた。


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