先程からざっと数を数えていたのだが、地面で気絶したり、負傷していたり、戦意喪失しているものの数が、明らかに当初とあわないのだ。
 数人が、いつのまにか、「消えている」のである。最初は逃げたかと思ったが、逃亡している気配もない。
 闇にいつの間にか引き込まれて、ふらっと消えてしまった、というようにすら思える。
(……誰か、いるのか?)
 ゼダは、それについて考えを巡らせる。と、ゼダの背後から、突然鋭い風音がした。
「チッ」
 舌打ちと共に、大きく背をのけぞらせ、迫ってきた一撃を避ける。ゼダはそのまま、すべるように横に逃げながら、キッと相手を見た。
 そこには、青い顔のベリレルが、すでに追撃の構えを取ったまま立っている。
「へっ。真打ち気取りか? ようやくテメェが相手してくれるのかよ」
 ざ、とゼダは足を引いた。さすがのゼダでも、ベリレルは気の抜けない相手だ。さっき、一撃を食らったときから、その腕については既にみている。いささか慎重にも、謙虚な気持ちにもなりながら、ゼダは静かにベリレルを見た。
「何が気にくわねえ!」
 ベリレルは大声で言った。
「テメエがどこのだれだかは知らねえ! でも、結局、てめえだってオレと同じじゃねえか! てめえだって、どうにもならなかったら、こうするだろ! てめえだって、この街でこんな生き方してるならわかるだろうが!」
 喚くようなベリレルの言葉をきいて、ゼダは静かに言った。
「確かにそうかもな。オレがてめえと同じ立場なら、レンク=シャーに額すりきれるまで頭下げてでも仲間にいれてもらうぜ。強い奴の下にいない限り、生き残る方法がねえというのなら」
「じゃあ、何故だ! 何が気にくわねえ!」
 ゼダは、ふと目を細めた。
「てめえを見てると、オレはいやでもオヤジを思い出す……」
 ゼダは低い声で呟いた。
「オレのオヤジは、金と力さえあれば、どんな女でも支配できると思ってるような屑だった。オレのおふくろは、利用するだけされて見捨てられて死んだ。だから、昼間あんたの様子をみていて、オレは多分それを思い出したんだろうなあ……」
 ゼダの目は、どこか遠くを見ているようでもあった。だが、その一方で、憎悪と哀しみを滲ませてもいた。だが、それもすぐに消えてしまった。
「オレは遊び人だが、女を殴るような真似だけはしねえんだよ。あいつと一緒になるのは嫌だからな。だから、昼間のあんたが気にくわねえ。それだけだ」
「そんなの、てめえの個人的理由にすぎねえじゃねえか!」
 半分ヤケになったようなベリレルの言葉に、ゼダは笑いながらいきなり声を高める。
「ああ、そうだ! でも、てめえをたたきつぶす理由には釣りがくるほど、足りるだろ!」
 言葉が終わった途端、ゼダは刀をひらめかせて、ベリレルに突っかかる。ゼダの歪んだ突きをどうにかこうにか剣で受け止め、ベリレルはぐっと力を込めた。
 ギ、ギ、と刃がすれて軋んだ音をたてる。刃が絡みながら徐々に動き、夜にはっきりと火花が散った。そのまま、刃を返し、ゼダは無理矢理身をひく。その動きをフェイントに取ったのか、ベリレルは突っ込んでは来なかった。
(難しいな……)
 ゼダは軽く息を切らしながら、相手を見やる。そろっと、足の先から忍ぶように歩みながら、ベリレルの隙をさぐる。普段は、もっと大胆に切り込めるのだが、今回は事情がある。
(チッ、一気にいっちまいたいところだが、それじゃあ……)
「どうした!」
 慎重に動きを読むようにゆっくりと動くゼダに、業を煮やしたのかベリレルは挑発的に声を上げた。相手の動きを待ちながら、気の短いベリレルは、もう待てなくなってきているのだ。切り込みたくてうずうずしているのが、すぐにわかった。
「いきなり、元気がなくなったんじゃねえのか!」
「そう焦るもんじゃあねえ」
 た、と剣をひき、ゼダはベリレルをみやる。さがった前髪が、汗をかいた額に何本か張り付いている。
(全く、難しいもんだぜ……)
 ちらりとゼダは、自分の刀を見やる。特殊な形状のこの武器は、相手を傷つけるのには適しているのだが、逆に言うと――
(気まぐれなんざ、起こすもんじゃねえなあ)
 ゼダは、何となく自嘲的な気分になりながら、ふと笑った。そして、腰にひっかけてある小刀を空いている右手で相手にわからないように、前に出した刀の影で握る。
 静かに足を動かすと、それにつられてベリレルが動く。待てないベリレルは、ゼダが動いたのをみて、早速仕掛けてきたのだ。
 と、ゼダの左手が、不思議な動きをした。一度右側まで引きつけ、そのまま弧を描くように振る。ベリレルは、ただゼダが剣を振るってきただけだとおもったのだが、闇の中わずかに見える白刃の反射で、その動きがいつもより更に不規則なものであると気づいた。


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