「シャー、……この人は……」
 リーフィが慌てて取りなそうとしているようだったが、ゼダはニヤニヤしながら言い返す。
「それじゃ、てめえはさしずめ三白眼ネズミってところかよ?」
「やっかましいぃ!」
 リーフィの制止も間に合わず、いきなり、シャーの手元で閃光が弾けた。ゼダは、反射的にざあっと後ろに飛ぶ。ピッと鋭角に上着の裾に切り込みが入った。ゼダは舌打ちをして、飛び様に利き手の左手を自然と刀の柄にやっていた。
 だが、ゼダにもわかっている。シャーは本気でゼダを殺すつもりで剣を振ったわけではない。今のは、ただのこけおどしだ。だから、ゼダは舌打ちをしてにやりとするばかりで、それ以上左手で剣を握ろうとはしない。
「あいっかわらず、その速さには敵わないぜ。……ソレで本気じゃねえとは、恐れ入った!」
「ヘッ、一撃で死なれたら後味悪いから、避けられる速さにしてやったんだよ!」
 シャーは既に刀にを抜きはなっている。
「やる気もねえのに、血の気の多い奴だぜ。出し抜けに抜きやがって!」
「……るせえ! てめえみたいな遊びネズミが、リーフィちゃんみたいないい子に近づく自体が絶対にゆるせねえんだよ! どっか行け! 変態ネズミ! 視界の隅にはいるだけで目障りなんだよ!」
 なるほど、とゼダは、うなずいてにやりとした。この態度からみるに、どうやらこの男なりに嫉妬しているらしいのだ。ゼダは目をふせ、にやにやしながら剣にかけていた左手を解いて、腕組みをした。
「ああそう、だったらちゃあんと用心棒は用心棒らしく、つとめを果たせよなあ」
 ゼダは、くくくと忍び笑いを漏らしながら言った。
「それに、目障り具合じゃてめえにかなわねえだろうよ、三白眼」
「なんだああ! そのいい方は!」
 キッと、シャーは刀を握り直す。ゼダは、まだ煙管をくわえたまま、前に差し出した手を振った。
「おおっと、今日はてめえなんかとやる気なんざあねえ。オレは、それほどアホには出来てないぜ」
「じゃあなぜ、今日に限って布を解いてるんだ?」
 シャーは、ゼダの腰の剣を見る。確かに普段は布で巻いている筈の剣が、鈍く夕方の光にてらされている。ゼダは、取り扱いに厄介なこの剣を普段はそれほど使わない。余裕のあるときは、ゼダは腰にある短剣で相手をあしらうのだ。それが、このように剣をすでにいつでも使えるようにしているということが、彼の警戒を覗かせている。
 ゼダは指摘をうけて、軽く鼻先で笑った。
「へへへ、そりゃ相応の事情ってのがあんのさ。一応いっとくが、詮索無用だぞ」
「てめえの事情なんて詮索したくもないぜ、どぶネズミー!」
「ああそうかい。それじゃよかったね。てめえに探りいれられるのはごめんだぜ」
 意地になったように言い返してくるシャーに、そう冷たく一言いってゼダは歩き始めた。一度だけ、思い出したように軽く振り返る。
「それじゃあ、リーフィ、気をつけてな」
「リーフィちゃんを馴れ馴れしく呼ぶんじゃねえ!」
 シャーが、妙に鼻息を荒くしながらそう言い返す。シャーにしては珍しいことだと、リーフィは思いながら、去っていくゼダを見送った。暗闇に赤い色は紛れる。すぐにゼダの姿も気配も消えていった。
「くーっ! 何度あっても嫌なやつー!」
 シャーは、忌々しげに吐き捨てた。
「でも、……そう悪い人でもないみたいね」
「ええっ!」
 リーフィがそんなことを言うので、シャーは飛び上がるほどに慌てた。冷静な顔のリーフィを見やりながら、シャーはどもりながら言う。
「ちょ、リ、リーフィちゃん、ダメだよ、あんな遊び人はぁー!」
 あたふたとするシャーを見ながら、リーフィは少しおもしろそうに微笑んだ。
「ふふ、あなたが思っているような事じゃないわよ」



 月の出ていない夜だ。ほとんど暮れてしまった暗い道を一人ひたひた歩きながら、ゼダはもの思いにふけっていた。夕暮れの暗い空に煙がふらふらとわずかに揺れながらのぼる。それを何とはなしに眺めながら、ゼダは先程のリーフィを思い出していた。
「共犯者ねえ」
 それは、ある意味では絶対的信頼を抱いているということを見せつけられたようなものだ。苦笑いしながらゼダは続けた。
「……あんな変なところだけ不器用な三白眼に妬けちまうことがあるとはねえ。世も末だぜ」
 夕方になると急に気温が下がり、寒くなる。ゼダは、あえてくらい道をふらふらと歩いていた。相変わらず袖を通さずにきている上着を、少しだけ風が揺らす。
「シャー……あの三白眼野郎ねえ……」
 例の名前を呟きながら、ふとゼダは顎を撫でた。
「そういえば、この街にはシャーがもう一人いたんだったな」
 広がる夜の空を見ながら、ゼダは人寂しい道で、煙草の火を消し、それをしまい込んだ。ぴたりと足をとめる。


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