男達が、笑いながら一人の男を突っつき回していた。とろけそうに幸せな顔をして、仲間の乱暴な祝福を受けている男のそばには、若くて美しい娘が座っている。
(うん、これなら、オレのお役目もどうにかこうにか成功ね)
シャーは、その様子をみながら、ほっと一息ついて、ようやく遠慮なく酒にありついていた。場はとりあえずこれ以上ないほど盛り上がってはいた。
シャーの役割は、一番最初にどう空気を盛り上げるかということだ。最初に「おお、きれえな女の子じゃない! お前、隅におけないねえ!」から始まって、「じゃあ、自己紹介となれそめ語ってみてよ! ていうかね、オレの後学と研究のためにおねがーい!」などといって、照れる二人からなれそめを聞き出し、あとはできあがった流れを保つことが出来れば、シャーの任務は無事終了なのだった。大体予想がつくことであるが、一度盛り上がった空気というのは、よほどの事がない限り持続するものである。だから、一番最初にテンションをあげきったシャーは、周りの空気があとは自動加熱していくのを見守るだけだった。
綺麗な恋人を連れてきた男は、周りに突っつかれながら、あまりにも幸せそうだ。ここまで来ると、もうシャーが手を下す必要はない。勝手にまわりが盛り上がってくれるだろう。
シャーは、とりあえずお役目を果たした安堵感もあって、ため息をつきつつ、酒を口に含みつつ何かをつまんでいた。だが、その顔は、意外にもあまり楽しそうではない。というよりは、何か心配事があってそわそわしているようだった。
「兄貴、珍しいですね」
不意に頭の上の方で酒を飲んでいたカッチェラが声をかけてきた。心配そうというよりは、本当に怪訝そうな顔でシャーをのぞき込んでくる。
「浮かない顔じゃないですか? 酒も飯もうまいっていうのに、兄貴がそんな面してるのは珍しいですよ?」
「え? オレ、浮かない顔してたあ?」
シャーは、慌ててカッチェラの方を向いた。
「なんか、アレっすか? あいつが美人の恋人連れてきたから、妬けてるんでしょお?」
隣のヒゲ男が、にやにやしながらシャーを小突いてきた。シャーは慌てて首を振る。
「い、いやっ、あのねえ、そうじゃないのよ? オレは、今回はフツーにホッとしてるだけだから」
「ええ? そうですかあ?」
疑惑の眼差しで見られ、シャーは、違うってば、と言い返す。
「んー、ただ、ちょーっとねえ、こう、何かいやーな予感がするわけよ。何ていうか、ちょっと妙な感じがさ、いや、オレ個人の問題なわけだけど」
「妙な感じ?」
シャーは考え込むような顔をして、眉をひそめる。
「何か、家においてきた一張羅を盗まれているような、いや囓られているような、いや、オレの一張羅は今着てる奴なんだけどさあ、たとえ話でいうとそういう感覚が背中からぞわぞわと。なんだろうねえ、何か囓られているような気がするんだよね」
シャーは、何となく落ち着きなさげにそわそわとしながらいった。
「兄貴の家、ネズミがいるんすかねえ? あいつら、なにか置いておくと全部くっちまいますよ」
横にいた一人が心配そうにいった。
「そうですよ、兄貴、食料をちゃんと保管しておかないと大変なことになります!」
「そんな心配いらないってば。オレ、家に食料ないもん」
いきなりそういったアティクに、シャーは笑い事ではないくせに、笑いながら首を振る。しかし、実際にシャーのことを本気で心配しているのは彼ぐらいなもので、横にいる男達は実際はにやにやしている。
「いやあ、兄貴が保管しとかなきゃならねえのは、食料じゃないだろ? 満足に飯が食えないのは、ネズミに囓られてるからだったんですね」
「え? 何が?」
意味がわからず、シャーはゆっくりと首をかしげてみせた。
「だって、ネズミが兄貴の金まで食ってるんでしょう?」
ぽん、とシャーは手を打った。
「あ、なるほど。それで、オレは毎度無一文なのね。ソレ、なかなか上手いじゃない! 一本取られたや!」
わはははは、と笑い声があがる。とんでもないことをいわれているにもかかわらず、あまりシャーは、相変わらず気に留めない。同じように笑い飛ばしながら、酒を飲む。
再び、シャーの周りが静かになるまでには結構時間がかかった。彼らの関心が、また恋人達に向くようになってから、シャーは再び何か考え込むような顔をしながら、酒に唇を浸す。
「ネズミねえ……」
シャーは複雑そうな面もちで、むうと唸る。
「なあんか、嫌な響きだこと」
シャーは、少しだけ眉をひそめた。甘くて苦い葡萄酒を飲みながら、何となくシャーは、不穏な空気を感じていた。
日が暮れて、ゼダはリーフィを酒場の方まで送っていっていた。リーフィは、構わないといったのだが、ゼダがそういう訳にはいかないと言ったのだ。
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