「……そう、ではいただくわ」
 リーフィは、ぱちりと一度瞬きしてからカップに口をつけた。ゼダは芝居だといったが、彼女が見る限り、一体どこまでが芝居でどこまでが本気かはよくわからない。ガラスの容器の中で、泡が浮いていくのを見ながら、リーフィはゼダの真意をはかり損ねていた。
「あなた、こんな所もうろついているの?」
 とりあえずそう訊いてみる。
「うろつくなんざ、あの三白眼と一緒にしてもらいたくねえな。」
 水煙草をふかしながら、ゼダは不満そうに言った。
「でも、今日はお連れさんはいないのね」
 リーフィは、少し辺りをうかがいながらいった。ゼダは先程、一人だといったが、ソレには嘘はないらしい。彼の取り巻きがいる気配は全くなかった。ああ、と、ゼダは答える。
「ザフのことかい? ……ああ、普段はあいつに全部任せてるからな。オレは、よほどのことがないと、連中の所にはいかねえのさ。それに、奴等の中でもオレの顔を知っている奴はそういねえ」
 ゼダは、水蒸気の多い煙を吐きながらほおづえをついて、それに、と付け足した。
「オレは、当分女遊びはやめてるのさ。……女と酒はタチの悪い魔物みたいなもんで、はまるとどろどろ取り憑いてきて抜けられねえ。そうこうしている内に、あの三白眼野郎に出し抜かれるのもむかつくからな」
 不敵に笑ったゼダは、リーフィを横目で見ながら、不意に殊勝な顔つきになっていった。
「あのザフって奴は、でも、誤解してやらないでくれよ。あいつは本当は、かなり身持ちが堅い方なんだぜ。……ただ、オレが他の連中を遊ばしたって、オレの成りじゃあいまいち箔がつかねえからな。オレが無理矢理つきあわせて、リーダーやらせてるだけなんだ。それに、あいつは仲間に対する気遣いもできる。わがまま放題のオレとはちがうのさ。だから、オレは、あいつじゃどうにもならねえ時にだけ手を貸すことにしている」
「随分、あの人を信頼しているのね。」
「……オレのような男が、仲間を信頼するなんて、ってところだろうな」
 ゼダは、リーフィの言葉をどうとったのか、天井に視線を向けながら少し懐かしそうな口振りになった。
「ザフの奴は、オレがガキのころから側にいた。……正直、オヤジの隠し子のオレは肩身が狭くてな、よく正妻にいじめられてたんだが、その時かばってくれたのはザフのオヤジとあいつだけだったのさ。お袋は、そのころにはとっくにしんじまってたし。ザフのオヤジは昔、剣士として働いてたことがあるらしくてな、それでオレにも剣を教えてくれたのさ。それで、オレとザフは同じ剣を使ってるわけだ……」
 ゼダは笑い声を漏らしながらつけくわえた。
「もっとも、あいつは護身用になればと教えただけで、オレがここまで悪事にソレを使うようになるとは、思っちゃいなかったようだがな」
 悪いことをしたぜ、とゼダは苦笑しながら言って、ふと目をリーフィの方に向けた。シャーほどではないが、軽く癖のついた髪の毛は、この周辺では多い巻き毛だ。それを軽くかきやって、ゼダは投げやりに笑った。
「おっと、オレの湿っぽい身の上なんざあどうでもいいよな。悪いね」
「いいえ」
 リーフィの答えを待つまでもなく、ゼダは前のめりになって机の上に肘をつき、下からリーフィをのぞきやるようにしていった。
「ソレより、あんたも大変そうだな。……ま、オレがいってもどうにもなんねえが、一人歩きはしばらくやめときな。特に夜はな」
 ゼダは続けてリーフィの顔色をうかがいながら、わずかに目を細めた。
「この際、あの三白眼野郎にでもいいから護衛を頼むことだね」
「そうね、さすがに不用心だったわ……」
 リーフィは、無表情ながらに反省するような素振りを見せる。ゼダは、少しためらいながら、煙草を一息吸って煙を吐く。そうして、視線を逸らしながら訊いた。
「さっきの、アンタの旦那か?」
 そういって、リーフィの表情を見るまでもなく、ゼダにしてはやや慌てて二の句を継ぐ。
「……て、筈もねえわな……いや、悪ィ。他人の事情を詮索するつもりはねえんだ……。許してやってくれ」
「気を遣わないで。……そうね、昔、少しつきあっていたことがあるの」
 リーフィは、少し困惑している様子のゼダにそういった。表情は変わっていないが、リーフィが少しうつむいているのをみて、ゼダは声を落とす。
「そうかい、悪いことをきいちまってすまねえ」
 ゼダはそれ以上何も言わず、ほおづえをついてひたすら煙草をふかしていた。水煙草の音と風に揺れる金属の飾りのしゃらしゃらという音だけが、しばらくチャイハナに聞こえていた。



「このォー! てめえ、どこでひっかけたんだよォー!」
「っつーか、その娘、引っかけた場所、オレにも教えろってば!」


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