ベリレルはそういって、きっとリーフィの方を見る。不意にその視線をはばむようにゼダがふらりとリーフィの前に足を寄せてきた。
「ふん、どこの組織にはいったか知らないが、オレはオレで用心深いほうなんだ。夜道につけねらうなんて真似はすんじゃねえぜ」
もうベリレルは言葉を発さず、ただ、唇を噛みしめただけだった。目は怒りで暴発しそうだったが、ゼダは物憂げに笑うばかりだ。そのまま、もう一度ゼダを睨み付け、ベリレルは走り出した。やがて、狭い路地の角を曲がり、彼は荒々しくその場から姿を消した。
ゼダはふらりとリーフィの方に向き直った。その目に、先程ほどの不穏さはもうない。
「大丈夫だったかい?」
「ええ。……助けてくれてありがとう。……でも、まさかあなたが助けてくれるとは思わなかったわ」
「ソレはオレも同じことさ。……ありゃ、この街では結構有名な野良犬野郎だ。命令されりゃ何でもやるっていう噂のアブねえやつだ。そんなのとあんたがお関わりになっていたとはね……」
ゼダはそういったが、リーフィは答えない。表情は変わらないが、リーフィのしろい顔を見て、ゼダは慌ててとりつくろった。
「すまねえ、今のは皮肉で言ったわけじゃあねえんだ。勘弁してくれよ。それより……」
ゼダは、少しだけ愛想笑いを浮かべた。とはいえ、それは彼が普段外向けに浮かべているような穏やかな笑みからは遠い。やや不敵さののぞく笑みのまま、ゼダはそれでも少し優しい口調で言った。
「さぁて、あんたと邪魔もなしに二人だけで顔を合わせたのは、今回が初めてだな?」
ゼダはそんなことを言って、袖をはらってにやりとした。リーフィは、ハッとして顔を上げる。
「あなた、一人じゃないとさっき……」
「あぁ、あんなのはただのはったりよ。まあ、うまくかかってくれたようでよかったぜ」
ゼダは軽く鼻先で嘲笑うようにいってから、やや声の調子を変えた。
「どうだい? あんたもあんな事があって落ち着かないだろ? ……休憩がてらにオレにちょっとつきあってくれねえか?」
リーフィが答える前に、ゼダは、ああ、と慌てて付け足すように言った。
「別にいかがわしい話じゃねえんだよ。ただ、昼でも一緒に食わないか、ってそう誘っただけだ。……無理にってわけじゃあねえ、嫌なら断ってくれて結構なんだ」
いきなり自信がなくなったのか、ゼダは急に少ししおらしい事を言った。そのせいではないのだが、リーフィは、そうね、と静かに答える。
「それじゃあ、ご一緒させていただくわ」
「そうかい、そりゃよかった」
ゼダは、ほんの少しだけ嬉しそうな表情を見せたが、例の純真そうな笑顔はすでに彼の顔にはなかった。そこにいるのは、不敵に笑うカドゥサの放蕩息子そのものだった。
大通りの少し内側にある喫茶(チャイハナ)に入って、ゼダは先にリーフィをすわらせた。リーフィがつとめている酒場よりも、ずっと綺麗な店には、東方のキラキラした金物の飾りが付けられていて、わずかな風が中にはいるとしゃらしゃらと独特の音を立てる。 どうやらゼダはなじみらしく、手慣れた様子で全て注文してしまうと、先に持ってくるように頼んだ水煙草を用意してもらった。ナルギレ、といわれる水煙草用のパイプをふかしながら、ゼダはくつろいだ様子ですわっている。普段振る舞っている従順そうな青年の雰囲気は、欠片も残っていないゼダは、その動作一つとっても、乱暴者の遊び人といった印象が強い。一体、これをどうすれば、いつものアレぐらいにまで生気がなくなるのかふしぎになるほどだ。
シャーの人の変わりようも凄まじいが、この男はまたシャーとは別の意味で不気味なほど人が変わる。シャーよりも、それが不自然な変わり方をするので、この男の方が不気味と言えば不気味かもしれない。
やがてテーブルの上には、チャイと軽食が運ばれてきた。ゼダは、それに手をつける風もなく、ひたすらに煙草をやっている。リーフィも、まだ一言も言葉を発していない。
「……オレが信用できねえんだろうな?」
不意にゼダが笑いながら声をかけてきて、リーフィは、彼の方に目をやった。
「そういうわけではないわ」
「ふっ、まあいいさ。オレは確かに、あまり信用ならねえ方に入るからな」
ゼダは薄ら笑いを浮かべてそう答えると、ふーっと煙を吐いた。
「やれやれ、冴えない男の演技をするってのも結構疲れるぜ。最近はどうにか板についてきたけどな、さっきみたいについつい頭に来ると本性がでちまうぜ。あの三白眼野郎の気が知れないな。……もっとも、あいつぁ、演技なんかしちゃいねぇのかもしれねえが。」
水煙草をやりながら、ゼダは横目でテーブルの上のものを眺めやりながら言った。
「オレのオゴリだ。気にせずにやってくれ。オレは金だけには困ってないからな」
前 * 次