態度のかわりかたがあまりにも凄まじい。さすがのベリレルも、不気味そうな顔をしていた。だが、そんなことはお構いなしに、男はベリレルの手を離すこともなく、彼を睨むように見ていた。
「オレがもう一度言ってみろといったのが、わかんねえのか? ああ?」
「あなた!」
 リーフィは、その顔を見て思わず声をあげた。男は、一瞬わからなかったようだが、リーフィの顔をちらりとみてにやりとした。
「ああ、あんたかい? 久しぶりだな?」
「ちっ!」
 一瞬、彼の指の力が緩まったのか、ベリレルはその手をふりほどいて、少し離れたところでいきなり剣を抜いた。白昼にぎらりと光る刃物をみても、相手の男は表情も変えず、飄々と立っている。
「気の短ぇ野郎だな。いきなり突っかかることもねえだろうに」
 そこにいる男、富豪カドゥサの御曹司であるウェイアードは肩をすくめた。いや、厳密に言うと、ゼダといった方がいいだろう。
 カドゥサの御曹司のウェイアードがとんだ放蕩息子だと言うことは有名な話で、その不気味な剣さばきでも悪い風聞を流している。だが、彼の正体を知るものは案外少ない。ウェイアードが、「ゼダ」という呼び名で呼ばれ、自分の使用人である「ザフ」という美男を身代わりにして、普段、自分はその影で大人しい下男のふりをしていることなど、彼の仲間でも知らないものがいるほどである。
「てめえ! 何様のつもりだ!」
 ベリレルは、カッとしてそう怒鳴りつけた。
「いきなり人が話しているところに割ってはいってきやがって! てめえには関係のねえ事だろうが!」
「何様のつもりィ? てめえこそ何様のつもりだ?」
 ゼダは静かに言い返す。
「女を泣かすのァ別に構わねえが、白昼堂々町中でやるもんじゃねえだろォ? そんなこともわからねぇのか、ええ? 色男さんよォ?」
 独特の絡み口調で、ゼダは口許だけ笑いながら相手を見た。元々それなりに派手な服装をしているゼダなのだが、普段はそれでもいるかいないかわからないほど、存在感が薄い。だが、こうなった時のゼダにはその衣装が実によく似合う。どこか退廃的な影を引きずる彼には、そうしたびらびらとした着崩した赤い服が、口から出る言葉以上に、彼の存在を語っている。
「そんなに女といちゃつきたければ、色街に行けばいいだろが。いやがる女を引き留めるほどみっともねえことはないぜ? てめえも男だろ? キラワレちまったのがわかったんなら、大人しく手ェひきな」
「てめえに説教されるいわれはねえぜ!」
「ふん、説教だの講釈だの垂れる結構なご身分じゃあねえよ。ったく、正しい女遊びの仕方の一つしらねえとは、無粋な野郎だぜ。そんなんじゃあ、小間使いのガキにも口きいてもらえないぜえ?」
「なんだ!」
「で、どうなんだ、ここでやるつもりかい?」
 ゼダは、腰の剣には手を触れないまま、袖を外して前屈みになった。上着をだらりと肩に掛けて腕組みをしている。喧嘩の売り方にしても、あまりにも大胆だ。ベリレルは、思わずムッとする。剣を握る手に自然に力がこもる。ぎり、と、軋んだような音が、静かな空間に響く。だが、それでも、ゼダは、なおも引く気配はない。
「てめえ……!」
 歯を噛みしめながら、危うく飛び掛かりそうな自分を必死で押さえて、ベリレルはゼダを睨み付けた。
「オレをなめてるのか!」
「おいおい、オレがこんなでけえ面してる理由もわかんねえまま、そりゃねえだろう?」
 ゼダはそれを軽く笑い飛ばすと、ちらりと背後を見やる。その動作に、一瞬だけベリレルはぴくりとした。ゼダの視線の先には、建物がある。その影に目をやった彼の行動が、一体何の意図を含んでいるか、ベリレルは悟ってしまった。
「おお、どうした? 顔色が変わったなァ?」
 ゼダは面白そうにそういってにやりとする。
「て、てめえ!」
「あー、当たりだ。そうよ、残念だったなあ、あいにくと今、オレは一人じゃないんだぜ。まあ、これほど無粋な話もねえだろうが、鬱陶しい野郎共が後ろからひたひたついてきてやがるのさ。オレは噂は気にしねえ方だから、奴等呼んでてめえを袋にしてもいいわけだが?」
 ゼダは目の前に下がってくる前髪を払うこともせず、ぶらりと足を前に出す。
「……さぁて、色男さんよ、どうするつもりだい?」
 ゼダは、前髪の裏側から嘲笑うようにベリレルを見た。夜の暗闇から心底を見通してくるようなシャーの青い目も相当不気味だが、ゼダの視線はまた彼とは違うイヤな感じがする。そういうときのゼダの視線は、蛇の目という例えがぴったりと当てはまるような、そういうじっとりとして冷静でいるくせに、妙に凶暴な目をしている。
 しばらくにらみ合っていたベリレルは、とうとう先にゼダから視線を外した。
「チッ! ……てめえ、覚えてやがれ!」


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