リーフィは睨むようにして、ととのっているがどこか崩れた様子のある若い男の顔を見上げた。野性的で粗暴な瞳の光が、リーフィを見ている。ベリレルは、わずかに微笑んで、リーフィに手を伸ばそうとした。
「相変わらず、お前は綺麗だよな」
「見え透いたお世辞はやめてほしいわ。……ベイル、あなた、いつからここに戻ってきていたの?」
 リーフィは、冷たい表情のままだ。厳しい口調に、ベリレルは少し様子を変える。
「シャーがあなたをわざわざ逃がしてくれたからいいものの、あなた、あそこで連中に捕まっていれば、もう死んでたでしょうね。この街に戻ってこられなかったはずよ?」
「何だ、久しぶりにあったのに冷てえなあ……。いや、この前の一件で、あの親分には買われたんだよ。ソレで、どうにか組織に入れてもらえることになって……」
 にっと笑い、ベリレルは言った。二枚目のベリレルは、そうやって純粋に笑うことが、女性の心にどう響くかを身をもって知っている。
「それで、懐かしくなってお前に会いに来たんだぜ。……ほら、おめえみたいな美人はそういねえしさ」
「私は、もうあなたと関わるつもりはないわ」
 リーフィは、厳しく言い放った。
「何言って……」
「私は、昔、あなたに助けてもらったことがあるわね。でも、その借りを返すだけの働きはもうしたはずよ。……それに、この前、あなたは私が殺されても平気だったんでしょう? そうでなければ、あんなこと頼まないわよね?
 リーフィは、冷徹に思えるほど感情を表さない目をしながら、きっぱりと言った。
「……もう、だから、私はあなたには関わらないわ。帰って」
「何だと! てめえ!」
 ベリレルは気が短いほうだ。その性質はリーフィも良く知っている。つかまれた腕が痛いほどに握られるが、リーフィは、冷たい顔のままだった。
「力で私に言うことをきかせることはできないわ。……ますますあなたから心が離れるだけよ」
「うるせえ! 生意気言うな!」
 ベリレルは、リーフィの手を離して突き放し、手をふりあげた。 と、後ろからベリレルの手首を誰かが掴んだ。
「や、やめてあげてください!」
 気弱そうな声が聞こえ、ベリレルはちらりとそちらを見る。赤い上着の男が、震えながら彼を止めていた。背はベリレルよりは少し低い程度だが、一般的に見てそれほど低いほうではない。気弱そうな外見の男で、いかにも目立たない感じがした。
「じょ、女性に手をあげるのは感心しません」
 チッとベリレルは舌打ちをした。身なりからして、どこかの商人の小間使いかなにかだろう。とんでもないところに邪魔が入ったものだ。
「関係ないだろうが!」
 ベリレルは、わざと怒鳴りつける。大概の場合、一度は止めてみたものの、こういう連中は厄介ごとを恐れてそれで引き下がるものだ。だが、男は頼み込むように言った。
「そんな……。お願いですからやめてあげてください。もし、この人が何かしたのでしたら、私が対価をお支払いしてもよいですから……」
 なかなかしつこい。ベリレルは、この男を相手にしているのが面倒になってきた。
「るせえ! この女はオレの女だ! オレがなにしようと関係ねえだろうが!」
 ベリレルが男を突き飛ばそうと手を振り払おうとしたとき、突然、ベリレルの右手首を握っていた男の指の力が強くなった。大した男ではないと思っていた油断から、ベリレルは、いきなりの力にいとも簡単に手を上に引っ張られた。
「今何てったァ?」
 いきなり声色が変わり、先ほどまで彼に声をかけていた男の声は恐ろしく低くなっていた。ベリレルは、彼の方を向いた。と、その男はいままで縮めていた身を、しゃんとのばしていた。
 口元が、目に映る色とは対照的に、にやりと楽しそうに歪んでいた。それに反して、ベリレルの右手首は、いっそう強い力でつかまれてしろくなっていた。
「時間与えてやっから、もう一度言ってみろォ。てめえ、人が下手に出てやってんのに、どういう態度だ? 人が大人しくしてりゃあつけあがりやがってェ!」
 いきなり言葉遣いが激変した相手に、ベリレルは少なからず驚いたようだ。先程まで自信なさげに伏せられていた目は、きっと彼の方を挑戦的に見上げている。完全に目が据わっていて、一瞬酔っぱらいかと思ったが、据わっているらしい瞳の輝きは、いやに冷静なままだ。
「な、何だ、お前は……」
「何だっていいだろうが。それよりも何だ、今のはよ? オレは刃傷沙汰にならねえように、わざわざ丁寧に話しつけてやってたんだぜ? ええ? どう考えてもキラワレちまってる癖に、その女を所有物呼ばわりたぁ、悪党だな、色男!」


*