シャーは、少々不機嫌になってそうはねつけるが、リーフィは、妙に確信をもっているらしい。実際、シャーにも、ちょっと余裕がないのである。本人は認めたくない部分だが、図星ではあったのかもしれない。
 リーフィは、例の冷静な口調で、シャーに言った。
「だって、今回、あなたがこの事件に首を突っ込む理由があまり見当たらないもの。好奇心っていうだけでもなさそうだし、……実際ゼダがかかわっているかもっていうから、見に行ったでしょう?」
「う、それは……」
 シャーは、思わず折れそうになって、慌てて言い直した。
「違うよ、リーフィちゃん。オレはねえ、あんなずるがしこいネズミ男とか、おせっかいで無闇に丈夫な人斬り男とか、どうでもいいの。というかねえ、正直、成り行きで手を貸した形になっただけで、オレは、正直、あんな奴らいないほうがいいとおもってるわけ」
「まぁ、そうかしら」
 リーフィの方は、てんで本気に取っていない様子だが、シャーは、珍しく芝居がかった様子で真剣に続けた。
「そうそう。……オレは、いっとくけど、ああいうやからに対しては……」
「兄貴、兄貴!」
 いきなり、そう呼ばれ、シャーはひょいと戸口から入ってきたカッチェラを見やる。
「なんだい、慌てて……」
 カッチェラは、いつも冷静な男である。その彼が妙に慌てた様子で走ってきたので、シャーもなにかあったのか、と柄になく心配になった。
「あ、兄貴、あの、酒場に妙なやつが……。いや、兄貴がここにいるはずだっていうんですが……」
「妙な……」
 いわれて、シャーはたっと立ち上がり、カッチェラに先導されて酒場の方に出て行った。もちろん、シャーは酒場では戦う気がないので、本当にまずい相手ではない限り、お茶を濁そうとしか思っていないが、それでも、言われればいかないわけにもいかない。本当にまずい、昔からの知り合いだったら余計こまることであるし。
 半ば、ざわざわと、それでも、いる人物の気を損ねないように気をつかって静かな酒場は異様だ。シャーが、ひょいと顔を出しても、彼らは声を立てなかった。
 その人物を一目見て、シャーは態度を変える。いや、せっかく緊張していったのに、気合が抜けたといった感じだった。シャーとしては、それほど困らない程度の知り合いだったからだ。
「ジャッキール」
 その声をきいたのかどうか、ジャッキールはシャーの方を振り向く。まだ左腕を吊るしたままに、相変わらず黒ずくめの姿で、青ざめた顔に鋭い瞳をしていたが、冷静さも感じられた。右手を背後に隠してはいるが、そこに何をもっているのかは、シャーの位置から大体わかる。
 だが、ジャッキールは、剣を常に持ち歩いている上、どんな格好をしていても、妙に物騒な印象があった。ともあれ、ジャッキールのような男は、こういう酒場では異色だ。そもそも、何もしていなくても、十分不吉な感じのする陰気な男だ。かすかな殺気を、普段から漂わせている彼に、周りがおののいても仕方のないことである。とはいえ、これでも、戦闘の時よりはずいぶんおとなしい、というより、一番おかしいときと比べれば別人といってもいいぐらい、静かではあるのだが。
「あの野郎……」
 ぽつりとシャーがあきれたようにいったのをきいて、カッチェラが、すかさず訊いてきた。
「あのまさか、……兄貴の知り合いですか」
 知り合いねえ、と、シャーは気のない返事をする。
「あんまり知り合いたくねえ奴だけどなあ。……むしろ、只の腐れ縁ていうか」
「あー、なんだ、兄貴の……とはいえ、何かむちゃくちゃそうな人ですが……」
 一瞬ほっとしそうになって、やはり、カッチェラは、ジャッキールの様子から安心できないらしい。シャーは、横目で彼を見て手を振った。
「大丈夫。ちょっかいかけなきゃ、噛み付いてこないよ。あの野良犬は」
 その代わり、万一噛まれたら即死だけどもな。
 そういう不吉なことは、舎弟がおびえるので口には出さない。
「まあ、いいよ。オレが何とかするからさあ」
 シャーは、ジャッキールのほうに歩み寄ると小声で話しかけた。酒場にいても、例のごとく無愛想で少々不機嫌そうに見える男だ。
「ダンナ、困るんだよなあ。こういうところで、呼び出さないでくれる?」
 シャーは、やれやれといいたげな口調で言った。
「オレはこういうところじゃ、アンタの相手してる余裕ないわけ……。ここでは、素直で愛らしいシャー兄貴でいたいわけなのよ」
「安心しろ、貴様に用などない」
 つんと冷たく答えるジャッキールに、シャーは肩をすくめた。
「おや、妙に強気じゃんか。その様子だと怪我も大丈夫そうだね。……ッたく丈夫だな、アンタは。ますます黒い何かとそっくりだぜ」
「やかましい!」
「やれやれ、相変わらずだな」


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