「畜生、あのネズミ! 用がないならくるなっての!」
シャーがそう吐きすてていると、リーフィが後ろで軽くうなずく。
「そうね。でも、なんだかんだいって、あなたたちも、仲がいいのね」
「よくないよ、リーフィちゃん! この状態でなんでそう見えるの!」
思わずすべりそうになりながら、シャーはそう言い返すが、リーフィはきょとんとしているようだった。
「何か問題があるの?」
「……う、ううん、もういいや。オレが悪かったよ」
リーフィにはどうも勝てそうにない。この娘、結構鋭いところもあるのだが、なぜか、時々ふらっとずれたところがあるような気がする。
「それにしても……」
シャーは、ふと、ある男のことを思い出してあごを撫でた。
「あれがいなくなってから、もう結構経ってるけど」
そう、黒くて結構うっとうしい男が、逃げたのは、シャーもリーフィから聞いて知っている。
「あのオヤジ、朝ご飯作ってる間にいなくなったんだったよね?」
「そうみたい。どうせなら食べていけばよかったのに」
「……だめな奴だなあ。朝起きたらリーフィちゃんと二人っきりだったから、ものすごくあせったんじゃない? ったく、へたれ男が」
自分も大概だが、ジャッキールに関しては、とことんめちゃくちゃにいうシャーだ。
「どうして焦るの?」
「ど、どうしてって……。いや、朝起きたら身に覚えなく女の子って、割と男はみんなそれなりに焦りそうな気もしなくないんだけれども」
シャーは、少し考えてそんなことをいってみるが、リーフィが理解してくれたかは甚だ怪しいものだ。
「まあ、おまけにあのダンナは、リーフィちゃんの体裁とか考えるほうだからねえ。若い女の子の家に一日と一晩泊まってたとか、周りに見られたらまずいとか瞬間的に思ったんじゃないの?」
常識的に考えれば、飛び出して逃げていくほうがよほど不審だが。焦ったジャッキールにその辺を考えろなど無理な話だ。
「でも、あれからもう三日は経つのよ。大丈夫かしら」
リーフィが心配そう、なのかどうかは、顔からはわからないが、そんな風に言った。
「そーねえー」
シャーは、頬杖をつきながら、無責任にこたえる。
「どっかでのたれ死んでなきゃーいいけどねえ……。ま、ああいうあぶねえのはいないほうが、世の為かもしんないけど」
「まあ、シャー、あなた、意地悪なことを言うわね」
そういわれて、シャーは何をつぶやいたか気づいたらしい。あわててシャーは居住まいを正した。
「あ、あの、リーフィちゃん」
リーフィは、きょとんと首をかしげた。
「何? 改まって」
「最近、ちょっと、オレ、たまにアレなこといってるけど、い、いや、これが素ってわけじゃないのよ。相手があいてだからちょっと調子にのっただけでぇー、その……」
「いいのよ、私、そういうこと言っているあなたのほうが、どっちかというと好きだもの」
さらりとリーフィがそんなことを言う。シャーは、思わぬ言葉にきょとんとした。
「え、そ、それはどういう?」
「ほら、あなたって、ちょっと信用できない感じだったんだもの。毎度へらへらしてるばかりって感じで」
「そ、そう?」
「ええ」
リーフィは、遠慮なくうなずく。妙に正直なところもある。
「でも、あなたって、結構皮肉も言うし、意地もはるし。けれどね、それぐらいのが、人間らしいと思うのよ、私」
「ほ、ほんと? あ、安心していい?」
「ええ。本当よ。今のあなたのほうが好きっていうのは」
「そ、そうなの。そ、それはよかった、かな」
シャーは、どぎまぎしつつ、少しだけほっとする。これから先もうっかり失言してしまいそうなものだが、リーフィがそういってくれるなら、少しだけ安心である。失言しなければいい話だが、最近、リーフィとの付き合いも長くなってきたものだから、ついつい本音がぽろりと口を突くことが多いのだ。もし、とんでもないことをいって、嫌われたらどうしようと、シャーでもちょっとは恐くなるときがあるのだった。
リーフィは、そんなシャーの思いに気づいたのかどうか、ふと、珍しくほんのわずかに悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「でも、私、なんとなくわかるのよ?」
「へ? 何が?」
いきなりそういわれて、若干面食らいながら、シャーはリーフィのほうを見る。
「あなたが、この事件にかかわった理由」
「え? 何? 何だと思うの?」
シャーは、好奇心半分に、ちょっとだけ笑いながら訊いてみるが、リーフィの答えはシャーの期待していたものとは違った。
「ゼダとジャッキールが心配だったんでしょう? 本当は」
「な、何いってんの。そんなわけないじゃない」
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