ちょうど昼前の太陽が、まぶしいながらもゆったりと光をおろす。酒場は、事件の間の静けさを取り戻すように昼間から騒がしかった。
「のどかだねえ」
「そうね。のどかね」
 シャーは、舎弟たちが騒いでいるホールから離れて、まだ店にでていないリーフィの控え室でまったりと酒を飲んでいた。もちろん、弟分におごらせた酒である。シャーも、ここのところ、おごられていない分を取り戻すかのように、あちこちに無理をいって泣きついておごってもらっているのだった。
 窓から見える青空は、今までの凄惨な空気を吹き飛ばすかのように、少々無理をして青すぎる青を作っているかのようだった。だが、ともあれ、すべては終わったのである。
 リーフィは、例のごとく、あまり愛想のない無表情な顔のまま、シャーの酒と話の相手などをしているが、そこに色気めいたものが全く感じられないので、シャーも、違う意味で安心して飲めるところがあるらしい。妙に自然体でくつろぎながら、シャーはぼんやりとリーフィと一緒に窓の外を見ながら、そんなことをつぶやいたものである。
 と、急にのどかな風景が翳った。窓の外に人影が見えたのである。
「のどかだねえとは、お前も暇そうだな」
 そう声をかけられ、一瞬でシャーは顔をこわばらせる。
「手前……」
「よう、しけた面してんなァ、相変わらず」
 シャーが二の句を継ぐ前に、さっと入り込んできたのはゼダだ。あの夜から会うのは初めてだが、相変わらず派手な上着を羽織ってうろついているらしい。シャーと会うときは、性格を繕おうともしないので、すでに顔には例の、含み笑いが張り付いていた。
「ふん、日の高いうちから派手な格好しやがって! ……害獣がうろつくには早すぎるんじゃねえの、ネズ公」
 シャーは、皮肉っぽくそんなことを言うが、ゼダは平気そうににやりとする。
「朝っぱらから、酒場にいりびたりのだめ男にいわれたくねえ台詞だな」
「何だあ、やる気か、テメー。表、いや、裏に出たら徹底的に今日こそ勝負を……」
 時々妙に血の気が多くなるらしいシャーは、思わず右手を刀の柄にかける。
「あら、あなたたち、本当に相変わらずね」
 リーフィが、ふらりと現れてそんなことをいったので、シャーはひとまず柄に手を置いたまま、ゼダをにらんだ。
「何の用だよ、ネズミ」
「いいや、別に。とおりすがったからよってみたんだがな。ほれ、この前、連続で上着をなくしちまったからなあ、新しく仕立ててたのができあがったから、取りにきたのさ」
 ゼダは、そういって肩に羽織っている派手な上着をちらつかせる。
「へ〜……。仕立て直すねえ、いい身分だことで」
「一回目はともかく、二回目は、テメーのせいなんだがな。弁償してくれるとかねえのかい?」
 ひくりと、すでに唇が引きつっているシャーに、ゼダはにやにやしている。シャーも、ゼダの前では、普段はうまく隠している感情が押さえきれないらしい。
「自分で奴さんに引っ掛けたんだろ。それに、オレはお前と違って、そんなど派手でセンスのない服についやす無駄金ありませんもんねー」
「てめえも目の覚めるような派手な青着てるくせに。まあ、みすぼらしいけどよ」
 たっぷり皮肉を込めてそういって、ゼダは、わざと大声になった。
「ああ、でも、そりゃそうだよなあ。お前には、こういうのを着こなすセンスってもんがねえもんなあ!」
「な、何だと!」
 思わず、シャーが剣を鞘走らせるが、ネズミは、さらりと後退し、にんまりと笑った。
「おいおい、図星かよ。まあ、お前さんをからかっても面白くねえし、今日はこれぐらいにしとこうかな」
「……てめえ、絶対、そのうち叩き斬ってやるからな!」
 シャーの呪いの言葉もそこそこに、ゼダは、ふとリーフィのほうを見た。
「ちょいと聞きたいんだが、お前さん、この前の夜、女を助けなかったかい?」
「この前、いつ?」
 リーフィは、思い当たることがあるのか、少し気がかりな顔になったが、ゼダは、いいや、と首を振る。
「まあ、いいのさ。……そういう女がいたんで、礼を返してくれといわれただけよ。ま、……そのうちな」
 ゼダは、からりと笑うと、シャーにもう一度視線を送る。相当不機嫌らしい彼は、三白眼で、じとりとゼダをにらんでいた。
「おめえさん、目つき悪いよなあ。凶相とかよく言われるだろ」
「や、やかましい! オレだってちょっとは気にしてるんだよ! というか、貴様みたいな奴がいるから、ますます人相が悪く……! 大体なあ、てめえも、人のこと言えた……」
「あー、わかったわかった。まあ、図星ということだな。それじゃあな〜!」
 いきり立つシャーを軽くいなして、ゼダはふらりと身を翻す。後ろで、シャーがなにやらわめいているのが聞こえたが、ゼダは無視して、上着を翻していってしまった。


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