ハダートは、肩のカラスをなでやっていった。
「今頃、あの美人にでれでれしてるんじゃねえかな」
空はいつものように晴れ渡り、強い太陽の光が注いでいる。
「手伝っていただいて……ありがとうございます」
墓場からの帰り道、ふと、先を歩く男にテルラは声をかける。
端正だが、どこか甘さのない顔をした男は、ふと振り返り、そこで立ち止まった。
葬儀の帰り道、もう、ほかのものはすでに帰ってしまった。どこか、寂しげな風の吹く真昼である。目の前にいるのが、ジャッキールというのは、どこかテルラにとっては因果だった。当初、この男を疑ってかかっていたというのに。
「貴様が、気にすることはない。ハルミッドには世話になった。いわば、これは礼だ」
ジャッキールは、例のように、どこか武官のような口調でそういって、にやりとする。ハルミッドとラタイの葬儀は、ほとんど密葬のようなものだったが、それでも、若いテルラ一人で途方にくれていたところ、あれこれ手配してくれたのは、ふらりと駆けつけてきたジャッキールである。
最初、疑っていたジャッキールに面倒を見てもらい、テルラはかなり申し訳ない気分になっているのだが、ジャッキールのほうは、気にしていない様子だった。外見にしても、その性格にしても、どこか危なくて恐いところのある彼だが、普段は、意外に気のいいところがあるらしい。
「でも、お怪我のほうは大丈夫ですか?」
テルラがきくと、ジャッキールは、ああ、と一言つぶやく。まだ、彼は左肩をかばうのに、首から左腕を吊るしていた。
「貴様が気にするほどの大事はない。しばらくすれば、元通り動かせるだろう」
「そうですか……」
テルラはそういって微笑んだが、少し暗い笑みだった。
「それよりも」
ジャッキールは、不意に一本の剣を右手にとって差し出してきた。
「これは貴様の作った剣だろう」
急にテルラが黙り込んだのを確認して、ジャッキールは言った。
「先ほど、捨ててあったのを俺が拾ってきた」
テルラは何も答えない。ジャッキールは、自分の考えが正しかったことを知る。
「貴様にも嫌な思い出ができてしまっただろうが……。最後にひとつだけ、見ておいてもらいたいものがある」
ジャッキールはそういって、にやりとした。
「いい物を見せてやろう」
そういうと、ジャッキールは、一枚薄い紙切れを取り出すと、それをふわりと空中に放り投げた。ふわふわと風のない空中を漂ううちに、ジャッキールは、軽く鞘を捨ててテルラの剣を抜き放つと、ピッと、まるで軽く素振りでもするように一閃した。紙に剣がたたきつけられるように見えたが、多少空中でひきつれただけで、すらりと紙は舞い降りてくる。
テルラは、最初、ジャッキールが何をするつもりなのか、わからなかったため、ぼんやりとそれを見ていたが、不意にはっとして目を見開く。紙はすでに二つに切れていたのだ。剣は紙を撫でたわけではなく、ちゃんとそれを切断していたのである。
ひらりと地面に落ちる二枚になった紙切れに、テルラは驚愕した。そういうことが出来る剣がこの世にはあると聞いているが、自分や師匠が作っているアレでは無理だときいていた。もっとも、ハルミッドの作ったものは、西方の剣の作り方と若干違うらしいという話は聞いていたが、それにしても、出来るものではない。
「これは!」
テルラは、目を丸くして、ジャッキールを見やった。
「こういう剣じゃ、こんなことはなかなかできないはずなのに」
この男は、一体何なのだろう。恐ろしい腕前だ。テルラは真剣にそう思った。だが、ジャッキールの方はというと、器用に片手で剣を鞘に収めて返しながら、こういうだけである。
「こういう芸当ができるのは、俺の腕というよりは、剣の素質だ。この剣は、なかなかのものだ。もう少し続ければ、貴様はいい鍛冶屋になるかもしれんな」
テルラは、そんなことをジャッキールの口から聞くと思わず、驚いた顔のまま、彼を見上げていた。
「道を誤っている俺がこういうことをいうのは、笑い種だがな……。力も武器も、すべては使い方ひとつによるものだ。使う側の意思の問題でしかない……。かつて、ハルミッドからザファルバーンより東の村にハルミッドの弟弟子がいるときいた。……やる気があるなら訪ねてみてもよいのではないか」
ジャッキールは、相変わらず沈んだ様子でいい、突然、少々自嘲的な笑みを浮かべた。しゃべりすぎたと思ったのだろうか。
「それではな、達者で暮らせ」
ジャッキールは、そういうとすたすたと歩いていく。その方向に王都があるのは、すぐにわかった。テルラは、自分の作った剣を持ったまま、呆然と、その後姿を見送っていた。
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