シャーは、予想通りの展開にあきれながら、ちょいと癖の強い髪の毛をなでつける。
「リーフィちゃんだろ? 背に隠したって、見えるとこからは見えるんだから、堂々と持ってればいいのに。あのなあ、女の子呼びつけられないからって、いったんオレを呼ぶのやめてくれない? つーか、最初からリーフィちゃん呼べばいいじゃんか」
「べ、別に俺は、そういうわけではなく……。ただ、いきなり女性を呼びつけるのは……」
 ジャッキールは、図星をさされたのか、途端弱腰に、もごもご何かいっている。シャーは見かねて、後ろを向き、自分についてきていたリーフィを手招いた。
 ジャッキールは、リーフィを見ると、途端硬い表情になり、シャーをほうっておいて、つかつかとリーフィの前に歩み寄った。そして、背後に隠していた手を直立のまま差し出した。
 よりによって、武人そのものの動作で差し出したのは、彼には到底似合いそうもない色とりどりの花で作られた花束である。
 だが、シャー以外に誰も笑うものはいない。なにせ相手はジャッキールだ。何か失礼があれば、そのまますぱっと切られても仕方のない雰囲気が異常なほどに漂っているのだから。
「先日は世話になった。……傷のこともあるので、しばらく、都周辺で職を探しながら逗留することになる。今後、しばらく、ここに立ち寄る機会もあろうとおもうのだが、ひとまず、礼をいいに来た……」
ジャッキールは、どう切り出したものか、少々迷いながらだが、はっきりとした発音でそう告げる。リーフィはというと、相変わらず表情の読めない娘だから、ジャッキールのほうは、見かけよりどぎまぎしているのかもしれない。なにせ、逃げたわけであるし。
 リーフィはというと、相変わらず表情が読めない様子で、小首を軽くかしげた。
「怪我の方はもういいの?」
「ああ。……少なくとも、左手が動くくらいにはなった」
 そういってジャッキールは、かすかに左手を動かしてみせる。
「これも、それも、あの時に、助けてもらったからだと思っている。……命を大切にするほうではないが、それでも、あんなところで罪を着せられて死ねば、浮かばれないところだった」
 そういうジャッキールの表情は柔らかだった。
「感謝する」
 そういって、ジャッキールは、わずかに顔を綻ばせる。リーフィは当然として、シャーですら、この男がこういう風に自然と普通の表情を浮かべるのははじめて見た。特に、笑顔なんて。ジャッキールは、自分がこういう顔をしているのを知っているのだろうか。
 ジャッキールが笑うとして、狂気じみた歓喜の笑みか、歪んだ皮肉の笑みぐらいしかできないと思っていた。こんな自然に笑顔を浮かべられる男だと思わなかった。
「それで、なのだが、……これを受け取ってもらいたい……。せめてもの、私の気持ちとして……なのだが」
 ジャッキールは、花束を差し出しながら、急に所在なさげに視線をさまよわせ始める。まったく、妙なところでまるきりだめな男だ。
「いや、あの時は、逃げ出してしまってすまなかった。お、俺などがいては迷惑極まりないかと思い……。い、いや、そもそも、感謝としても、こんなものですまないとは思っているのだが、どうしようかとあれこれ考えたのだが、お、俺には、その……」
 リーフィが黙っているものだから、ジャッキールはさらにあせってごにょごにょそんなことを言い始める。
「気にしていないわ。それより、左肩も大丈夫そうでよかったわね」
「あ、ああ」
「ありがとう」
 リーフィは、花束を抱きかかえるように受け取り、にこりと微笑んだ。受け取ってもらった途端、どこかほっとした顔になるジャッキールをみて、シャーがその脇をつつく。
「何でれでれしてんだよ」
「な、何がだ」
 あからさまに動揺した様子の彼に、シャーは、ぼそりと呟く。
「おっさん、年の差考えろよ。一歩間違えると犯罪だぞ」
「な、な、何を言う! 俺は貴様のように、不純な感情から会いに来たのではない!」
「不純な感情以外の感情ってどんな感情だよ。ほれ、言ってみそ。ジャッキーちゃん」
 突っ込まれて、ジャッキールは、明らかに詰まる。
「そ、それは、そ、……尊敬とか、ゆ、友愛とかそういった……」
 きっと顔を引き締めるとジャッキールは、慌ててシャーに言った。
「お、俺は、感謝の念からきたわけであって、貴様のような不純極まりない理由ではないわ!」
「ナニソレ、あんまりないいようじゃない? オレをどういう生き物だと思っているのよ」
 シャーは、あきれたような目でジャッキールを見た。
「まあ、いいや。ダンナ、いっとくけど、オレへの貸しまた増えたからね」
「な、何だと?」
「あんたを引きずって家まで連れてかえってあげたのオレだもん。さて、利子がどれだけになるか楽しみだなあ」


* 目次 *