女の、どちらかというと冷たい無感動な声が、ジャッキールの目を一気に覚まさせた。がばと起き上がると、そこには、見覚えのある冷たい美人が、首をかしげて立っていた。
ジャッキールは、慌てるあまり、肩が痛いのも忘れ、即座に起き上がって起立した。
「寝てていいのよ。まだ、頭がふらふらするんじゃないの」
「な、ここは……?」
「私の家だけれど?」
「私の家」その言葉で、ジャッキールの頭は綺麗にまっしろになる。
「な、な、何故、俺がここに……」
「覚えていないかしら。あの後、あそこでそのまま倒れて、そのまま足掛け二日寝込んでいたんだけど」
「あ、あしかけふつか……? ふ、二日だと!」
「ええ、二日だけれど」
慌てるジャッキールだが、リーフィは、悪意があるのではないかと思えるほど冷淡である。
「あの後、お医者さまにきてもらったけれど、大丈夫みたいよ。もうちょっと血を流してたら死んでたかもとかいわれたけれど……。腕も動くようになるって……。よかったわね」
ジャッキールは、不審にあたりを見回す。シャーでもいてくれたら、まだ救いになるのだが、あいにくと姿が見当たらなかった。
「あ、あ、アズラーッドは?」
「え、シャーなら、テルラさんが心配だから見に行っているけれど」
ということは、リーフィとここで二人きりだ。外はすっかり朝になっている。ジャッキールは、真っ青になった。
(い、いかん……。こんなところを周りの住民が見かけでもしたら……悪いうわさが……うわさが……)
ジャッキールの頭は、それだけでいっぱいになってしまった。
「さて、朝ごはんにしようかしら。何がいいかしらね?」
リーフィが、そんなことを言いながら、部屋を覗き込んだとき、すでにジャッキールの姿は見えなかった。
「あら……」
扉が開く音が聞こえ、リーフィは、窓を開いて外を見る。
「ジャッキールさん?」
窓から外を見ると、井戸の前の桶に足をとられてひっくり返った後、慌てて立ち上がって走り去っていく黒服の男の姿が見えていた。
ジートリューの屋敷は、王都でもかなり大きいものだ。軍閥であるジートリュー一族は、この国でも軍事力を背景にかなり権力を握っている。ただ、その惣領たるジェアバードが、権力欲のない人間である為に、彼らは権力闘争に直接関わることは少ない。内乱のときも、ジェアバードが、シャルル以外の王子に加担しなかった為、一族はほとんど無傷でいられたという事情もあった。
そんなジートリュー一族の屋敷の主の部屋に、三人の男が集まっていた。
「将軍、お久しぶりでございます」
すっかり平伏したメハルが感無量な面持ちでそういう目の前で、赤毛の威厳のある男が、どこか彼に同情したような目をして座っていた。
ジェアバード=ジートリュー。軍閥ジートリュー一族の惣領でもある、将軍である。
「久しぶりだな。メハル。今回はすまなかった」
ジートリューは、窓辺で、貴人とは思えぬぞんざいな姿勢で壁にもたれかかっているハダートをにらむように見た。
「ハダートみたいな男に使われて困っただろう。こいつは、人の気持ちなどちっとも考えない男だからな」
「言いたいようにいうじゃねえか、ジェアバード」
ハダートは苦笑していった。
「お前に言われたくはないがな」
「何を言う。緊急でなければ、貴様に協力などさせんかったのだがな」
ジートリューは、そういってため息をつく。
「いえ、将軍の命令であれば、どこでもはせ参じます」
「やれやれ、いやに慕われてるじゃねえか」
「貴様、将軍に無礼だぞ! 表に出ろ!」
メハルが、平伏していた大柄の体をがばっと起き上がらせ、そんなことを言いだすが、ハダートは相変わらず、平気の平左といった様子だ。
「そいつに真剣に構うな。放っておけ、メハル。時間の無駄だ」
「は、申し訳ありません、将軍」
「それより」
ジートリューは、ある意味自分に似たところのある実直な部下を見やりながら、訊いた。
「それで、街を騒がせていた事件の方はどうなった?」
「は、申し上げます。結局下手人の男は、自殺し、剣は、三白眼のアホの連れの傭兵が折ってしまったとかで……。破片だけわれわれが回収して、結局、元の持ち主である鍛冶屋の下に返したのですが。……まあ、いってみれば、師匠を殺したのが弟子なこともありますし……。正直、こんなうわさめいたものは流布させたくないのですが、刀鍛冶が魔剣に狂わされ、正気を失って師匠を殺してからの凶行である、と周りには伝えております。つまり、剣の呪いだと」
「それは、また、後味の悪い話だがな」
人のいいジートリューは、少し眉をひそめた。
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