ジャッキールは、ふわりとあげた手を、そのまま鋭く横になぎ払う。右手だけで振ったはずが、ひどく重い一撃に、ラタイの剣は簡単にはじかれ、後退して、剣を放さないようにするのが、やっとだった。
そこを突いて、ジャッキールがすかさず切り込んでくる。ジャッキールは、普段より大振りだ。片手で重い剣を振り回すのもあって、わざと勢いを借りているのである。
だが、ラタイは正気ではない。ジャッキールの鋭い攻撃をはじきながら、それでも攻撃を仕掛けてくる。
剣を信じきっている間は、それほど恐怖を感じないのだろう。信じることで技術もあがっているところもあるが、一番は、考えられないほど大胆に動いてくることが一番恐ろしい。普段のジャッキールが、周りから恐れられるのとほぼ同じ理由で、ラタイは、今、あまりにも厄介な存在になっていた。
「貴様が自分の師を殺した理由は何だ?」
ジャッキールは、相手の剣を払いながら訊いた。
「最初から、貴様、師を殺すつもりだったのか?」
「師匠が……!」
ラタイは叫ぶように言った。その瞳に、憎悪が浮かびあがっている。
「師匠が、メフィティス(これ)を、お前みたいな奴に触らせたからだ! 自分以外には、絶対に触れさせない剣を、ただの戦闘狂のお前なんぞに!」
鋭い一撃を横に流しながら、ジャッキールは眉をひそめた。
「馬鹿な……! 貴様、そんなことで、ハルミッドを殺したのか!」
「あの後も、師匠は俺にメフィティスを握るのを許さなかった! なのに、貴様には……」
「馬鹿なことを!」
ジャッキールは、苛立たしげにはき捨て、横なぎに剣を振るった。ラタイの剣に激しくぶつかり、火花が飛ぶ。
「ハルミッドが、メフティスを俺に鑑定させたのは、単に俺が剣の使い手だったからだ! 奴は、使っている俺の意見を訊きたかったかにすぎん! ……それ以外の理由などなかった!」
「俺があれほど、メフィティスを見たいと望んだにも関わらず……」
ラタイの目の色は、普段と違っていた。話が通じるはずもなかった。
「貴様にはわからんのか! われわれ使う人間と、お前たち作る人間とは、違う生き物だ。ハルミッドはそれがわかっていたから、貴様には触らせなかった。作る側は魂を奪われてはならない。ハルミッドは自分の経験からそれがわかっていたはずだ! そんな呪わしいものを作ったのだからな!」
「呪わしいだと! 貴様のような奴が、メフィティスをそんな風にいうのか!」
ラタイは逆上したまま、剣を振るう。
それを軽く避けようとして、突然、ジャッキールは、多々良足を踏んだ。慌てて剣を流し、そのままふらりと後退する。
「く……!」
ジャッキールは剣を持ったままの手で額を軽く押さえた。目の前が、ふと暗くなって遠ざかりそうになる。
「……こんなときに……!」
ジャッキールは、歯をかみ締めて遠ざかる意識を捕まえると、飛び込んでくるラタイの攻撃から逃れた。
「マズイ」
シャーは、小さく呟いた。
「どうしたの?」
「……い、いや、なんでも……」
リーフィに訊かれ、シャーは慌てて首を振った。
(チッ、やっぱり昨日のが相当効いてるじゃねえか……。これ以上長くかかったら、勝機はない)
それにしても、ジャッキールは、一体何を狙っているのか。斬るだけなら、今のままでもチャンスは相当あったはずだ。今の彼の力では、一撃で殺すというわけにはいかないだろうが、それでも、それなりの手傷は負わせられる。いつぞやのように遊んでいるだけの余裕はないはずだった。
いくら血に酔っていても、目の前の戦闘に対してはかなり頭の働く男ではある。そういう彼が、無駄なことをするとは思えなかった。何か考えでもあるのだろうか。
(どうでもいいが、早く勝負を決めろ! 女の子の前で死体をさらす気か?)
シャーは、心の中で苛立たしげにはき捨てた。
ぎりぎりのところで相手の攻撃をかわしながら、ジャッキールは、反撃を仕掛ける。だが、どこか精彩を欠くものが多いのは、明らかに左肩をかばっているからだ。
そして、ラタイも、ジャッキールが肩をかばっているのは、よくわかっている。
水平に横切るようにたたきつけられる一撃を、ジャッキールは、軽く剣で流してそのまま突きかけようとする。だが、ラタイの左手がそのときメフィティスにかかっていないのに、ジャッキールは気づいた。
左手は……。
さっと目を走らすうちに、暗闇の中でも一つの影が飛んでくるのがわかる。
(鞘か!)
目の端で、ラタイが鞘を握ってふりかざしたのがわかった。避けられるはずだった。ラタイがもう一度、右手の剣で突いてきたが、そえを弾いても避けられるぐらいの余裕はあったはずだ。
だが、瞬間、ジャッキールの肩口に激痛が走った。それにつられて、どうしても動きが後れる。
「は……!」
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