「そうでしょう、そうでしょう。オレにみたいに、善良な奴も珍しいんだから」
 そうきいって、嬉しそうな顔をしたシャーは途端上機嫌になったが、カッチェラは冷たい。
「……善良というより、正直にいうと臆病の範疇ですけど」
「そうそう。人柄っていうより、度胸の問題ですよ」
「お、お前ら、正直、冷たすぎない? なんというか、オレ、今、冷たいものが心を貫き通していったような……」
 シャーは、何となく傷ついたような顔をしつつ、まだ往生際悪く、周りを見回した。普段、これぐらい話をすると、誰かが同情しておごってくれそうな気配があるのだが、今日は本当にさっぱりだ。
「……っていうか、ねえ、お前達、マジで今日は盛り上がらないね」
「だから、そういう気分じゃないんです」
 カッチェラが、しつこいな、といいたげに目を向けてきた。
「そういうことです。今日は集まってため息つく日なんですよ」
「しかも、兄貴とつきあうと夜半まで大騒ぎさせられるから、今日は日が落ちるまでにとっとと帰る予定なんです」
 矢継ぎ早にそういわれ、シャーは、むっと眉をひそめた。
「な、ナニソレ、オレに罪はないじゃない。お前達、ちょっと今からオレに酒をおごろうとかそういう気は……」
「駄目です駄目です。兄貴のちょっとは朝までの間違いなんだから」
 急に冷たく舎弟たちは、腕を組んでそんなことを言う。
「集まって茶を飲むぐらいならいいですけど、兄貴が混じると絶対ながびきますから!」
「お、お前ら、なんつーか、冷たくない? オレがこんなに絶好調なのに……」
 絶好調なのはあんただけ。口には出さないが、舎弟たちの目が如実にそう語っていた。冷たいかたくなな視線を浴びつつ、シャーは、ため息をついた。コレは、今日は粘っても無駄のようだ。
「……お前らノリ悪すぎ。いいよ、オレ、別のところに遊びに行くから!」
 シャーは仕方なくそういって、どんよりした空気漂う暗い酒場に背を向ける。ちら、と、背後を向くと、舎弟たちはいっせいに視線をそらす。あまりにも冷たい。
「もー! 臆病なのはお前達じゃないの〜! つーか、お前達、面白いことがあっても、ぜーったい教えてやんない!」
 シャーは、そうはき捨てたはいいものの、内心、自分も落ち込んだまま、どんよりした酒場を後にしたのだった。


 砂煙る街中を、肩を落として歩くと、ちょっと切ない気分になる。
 確かに、いつもより人通りが少ないような気がした。真昼間だというのに、商人や買い物の女性の姿もまばらである。皆はやけに早足で歩いているし、どことなくよそよそしくていつもと違う街のようだ。
「まったく、……一体どうなってんだ」
 シャーはため息をついた。
「正直、オレにとっては死活問題だよ」
 事件一つで食い扶持を失うとは、結構地盤が脆弱かもしれない。シャーは、はあ、とため息をつく。
「仕方ない。今日は、安めのパンでも食うかなあ。それとも、スーバドとかあの辺を引っ掛けてちょっと脅したりしてみて、飯をどうにか……。うう、とりあえず、今日の食事をどうにかしないと、オレそのうちシャレでなく餓死しそう……」
 シャーは、顎をなでやりつつ、相変わらず猫背気味に足音を立てながら、街を歩いていたが、ふと誰かをみつけて表情を変えた。
 目の前を歩いていく一人の女性の姿をとらえたのだった。さらりとなびく黒髪に、しろい肌に切れ長の目。黒目がちなその瞳に、あまり感情の色は浮かばない。
「あ! リーフィちゃん、リーフィちゃん!」
 慌てて小走りに走りながら、シャーは、ばっとリーフィの元に駆け寄った。リーフィは、相変わらずの淡い色の服装で布をひらひらさせながら歩いていたが、振り返ってシャーに気付くと、リーフィの貼り付けたような無表情がわずかに変わった。
「あら、シャー」
 リーフィは、今日もわずかに微笑して迎えてくれた。ほんの少しだけ、薄い笑みをうかべるのが彼女らしい笑い方で、慣れると、冷たいような顔立ちにその微笑が妙に優しげに見えるようになった。ともあれ、シャーにとっては、そのわずかな微笑をみるのが、ちょっとだけ嬉しいのだった。
 そのために何となく彼女の酒場に通ってみたりしているところをみると、結局、いまだにちょっと彼女に入れあげているのかもしれないシャーなのである。
 ふと、リーフィは何かに気付いたように首をかしげた。
「今日は早いのね。どうしたの? 久しぶりなのに、お店に寄っていかないの?」
「うーん、それが、何かあれこれあって……」
 いいかけて、シャーは、何かに気付いたように心配そうな顔をした。
「リーフィちゃん。というか、大丈夫なの?」
「何が?」
 首をかしげるリーフィに、シャーは不安そうに言った。


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