「まさか。そんなオレなんか狙われるわけないじゃあない」
にやりというより、へらりと笑い、シャーは、で、と話を継いだ。
「で、どうしたの? なあにが起こったわけ? 通り魔って?」
「だから、夜中にですね、剣を持った大男が、老若男女問わずに出会った人間を殺すっていう話なんですよ」
弟分が、いやに深刻な顔になった。
「でも、結構荒事が多いじゃない、この周辺。ヤクザの喧嘩じゃないの?」
「それが、一般人だから皆恐がってるんじゃないですか」
カッチェラが肩をすくめた。
「夜道を歩いていたらいきなり切り殺されたという話なんですよ。しかも、ヤクザの喧嘩にならないのは、妙な剣を使って殺されているってこともありますね」
「妙な剣?」
さすがに、シャーの目に一瞬だけ光が宿る。
「ええ、この辺の剣じゃないとかいいますけど」
「へえ。それは、ちょっと気になるね」
素っ気なさを装いつつ、シャーは、真剣に話に耳を傾け始める。
「ここのところ、連夜で五人は殺されているとかいう話ですが、実際はどうなのやら……」
アティクが、こわごわといった。
「なるほどね……」
「まあ、一番恐いのは、それに、カドゥサの坊ちゃんが絡んでいるっていう噂ですけど」
情報通のカッチェラが、ふとそんなことを口にした。
「カドゥサの力にかかったら、結局、金の力でうやむやにされそうな気がしますしからね」
「大体、自分の商売も後ろ暗いところがあるっていうカドゥサ家だからな」
冷静に話をきいていた、シャーだが、思わずひくりと口元が引きつった。カドゥサの坊ちゃんということは、大富豪カドゥサの御曹司のウェイアード=カドゥサのことだ。そして、そのウェイアード=カドゥサというのは、シャーがネズミ野郎と呼び捨てている、あの二重人格で猫かぶりな遊び人のゼダに他ならないからである。
「最近は、あまり目だった遊びはしてないという話ですが、悪い奴で無茶をするという意味では、あそこの坊ちゃんは有名ですから」
「へえっ、アレがねえ」
とうとうシャーは思わず口を出してしまった。しかも、その口調が心なしか不機嫌になる。
「まあ、あの好事家ぶりならわからなくもないけど、でも、あいつ、ああいうことするかねえ」
珍しく鼻息荒く言ったシャーの様子に、思わずカッチェラが首をかしげる。
「あれっ? ご存知なんですか?」
「あ、いえあ」
シャーは思わずちょっとだけ焦った。
「ちょっとこの前顔見かけて、財布取られて半殺しにされそうになっただけ〜」
「そ、それは、大丈夫だったんですか?」
思わず真剣に心配してくれたのはアティクであるが、すぐに周りの舎弟たちが、彼の肩に手をかけて首を振った。そんなこと真剣に聞いたところで無駄だという話らしい。
「まあ、背の高い男が目撃されているという話もありますけどねえ。どうなんでしょうか。ウェイアード坊ちゃんは、背は高いですが、そこまで大男って感じでもないはずですし」
まあ、でも、怪しいんですけどね、とカッチェラはいって締めくくる。シャーは、急に黙り込んで顎をなでやった。
(あのネズミが?)
あまり思い出したくないところはあるのだが、にやりと不敵に笑う、ちょっと目の据わった男の顔が思い浮かぶ。確かに人格的にはどうかと思うところはあるが、ゼダはそこまで無茶をやる男ではない。普段は、従者に身代わりを任せているぐらい用心深い所もあるし、大体に、そんな簡単に疑われるような真似をする男だろうか。
シャーがふとそんなことを考えて、彼にしては若干複雑な顔をしていると、急に、アティクが、あ! と声をあげた。
「あ、兄貴もそういえば……」
「どうしたのよ?」
気のない顔でそうきくシャーに、アティクは一瞬息を呑んで続けた。
「そういやあ、兄貴も、変な剣持ってて、背が高いですよね。しかも、数日間行方不明で……」
「な、何よ? オレを疑ってるわけ?」
弟分たちが急に疑惑の目を向けてくる。シャーは、やや焦った顔をして首を振ったが、疑惑の目を向けてきたと思った弟分たちは、やがてため息をついた。
「いや、兄貴がそういうことできるわけないですしねえ」
「大体に、その殺しをやった人間は、相当な剣の腕があるらしいですし、兄貴みたいなへらへらした奴じゃあ」
「……な、なにそれ……。お前達、オレのこと全然かばってないよね? 兄貴は、気が弱くていい人だから、そんなことするわけない、とか考えないわけ?」
犯人と間違われなかったのは、ありがたい。しかし、人柄で疑われないのでなく、どうせできやしない、みたいな言われ方はちょっと悲しくないだろうか。シャーが、両手を広げて、そういったのだが、カッチェラはため息混じりに言った。
「兄貴の場合は、まあ、人柄も関わってないわけではないんですよ」
前 * 目次 * 次