「いや、ほら、街の中あれこれ騒ぎだっていうじゃない? そんなときに、女の子の一人歩きなんてさあ。夜だって一人で帰るんでしょ?」
「まあ、ありがとう。でも、私なら多分大丈夫よ」
リーフィは、薄く微笑むとそういってうなずく。
(その根拠の無い自信はどこから来るんですか?)
思わず言いかけそうになったが、何となくリーフィならわかる気がする。シャーは、その言葉を飲み込んだ。
「でも、あなたの方が私は心配だけれど」
リーフィが不意にそんなことを言うので、シャーは目を輝かせた。
「えっ、何? オレのこと心配してくれたの? オレが襲い掛かられたら、なんて」
リーフィは軽く笑った。
「あなたになんか襲い掛かったら、その人のほうが心配だわ」
「あらま、手厳しいなあ、じゃあ、何を」
シャーは苦笑する。
「どちらかというと、あなたがそういう話をきいてじっとしてられるのかしら、ってことのほうが心配だったのよ」
「ああ、そっち」
シャーは、軽く髪の毛をかきやった。
「今のところは関わる気ないんだけどなあ。でも、まあ、正直、アレが関わってるっていう噂きいちゃったからちょっと迷ってるのよ。アレが本気で何かしでかしたら、証拠もなにも消されるよ」
「ゼダのことね」
リーフィがそっと小声で言ったので、シャーは目でうなずく。
「聞いているわ。さすがに本当にカドゥサ家に関わったら、上の方でなにか処理されてしまって、結局捕まらないとは思うのよ」
でも、と、リーフィは眉をひそめる。
「あの人がそういうことをするかしら」
「リーフィちゃんも、そう思うよね」
シャーは、ため息混じりに言った。
「それなんだよねえ。あの男は無駄好きの好事家だから、やるにしたってちょっとやり口が違うような気がするんだよね。あんな手当たり次第、出会った人間殺すような真似をするのかな、と思ってさ。やり方が、こう、あのネズ公らしくない感じがするだろ?」
シャーは、くるくるに巻いた癖の強い髪の毛を指先に巻きつけながらつぶやいた。
「本人は今どうしてるんだろうね、と聞いたところでわかんないよね。光の下にさらされてるのは、いつだってあの美形のにーちゃんのほうだし。アイツは平気で表にしゃしゃり出てくるくせに、常に日陰にいるような男だからな」
「そうねえ。でも、あの人、こういうことをきいて黙っていられるようにも思えないわね。今、何をしてるのかしら」
「どうせ、花街で浮名でも流してんじゃあなあい」
口調とは裏腹に不機嫌な声に、リーフィは思わずくすりと笑う。普段、あまり自分の裏側は見せないシャーなのだが、ゼダに関しては少し私情を覗かせてしまうらしい。きっと、相性が悪いのだろう。シャーは相変わらず、ネズミとは仲が悪い。
しばらく、リーフィと談笑しながら、シャーは道を歩いていた。まさか、昼間から何か起こることはないだろうが、シャーとしても心配なのである。もっとも、リーフィは、酒場で騒ぐ手下達と比べると恐ろしいぐらい落ち着いているようだったが。
ふと、前のほうが騒がしくなった。リーフィになにやら冗談を言おうとした途端だったらしく、少々不機嫌そうな顔のシャーであるが、なにやら不穏な空気を感じた為か、怪訝そうな顔になった。
道の一角に人だかりができていて、役人がそれを追い払っているようだ。
「シャー」
リーフィが、そっとシャーの袖を引いた。
「そういえば、昨夜も何かあったみたいよ。そういう風に噂しているのをきいたわ」
「なるほど、ここで、ってこと」
シャーは、苦笑いした。
「あの連中が恐がるぐらいには、近所で起きてたってわけね」
シャーは、顎をなでやって一瞬だけ神妙な顔になると、リーフィの方を振り返った。
「リーフィちゃん。ちょっとここで待っててくれる?」
リーフィは、わずかに首をかしげる。
「ほら、女の子を血生臭い現場に連れて行くのは、気が引けるからさ。オレがちょっと確かめてくる。ちょっと待ってて」
「そうね。あなたなら、何かわかるかもしれないわね」
リーフィはそう答える。それをみて、満足げに笑うと、シャーはそのまま行こうとしたが、何か思い出したのかもう一度振り返った。
「でも、不埒な連中が来るかもしれないから気をつけて」
「大丈夫よ。慣れているから」
「……リーフィちゃんは、いろんな意味で手ごわいなあ」
即答されたシャーは、苦い笑みを浮かべるしかない。じゃあ、と声をかけて、シャーは、人ごみの間にするりと紛れ込んでいった。
その場は騒然としていた。その間を、どうにか沈静化しようと動く役人の姿が見える。ザファルバーンの警察権は、王直属の軍の一部が兼ねている。よって、彼らは一応軍人でもあるのだが、他の軍人達とは上司も違えば、部署も違うので、やや毛色が違う。
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