野次馬もいれば、純粋に不安にとりつかれているものもいるし、憤慨しているものもいる。一応彼らは殺された男を調べているのだが、野次馬を全く鎮められないらしく、調査どころではないらしい。
「ほら! どこかにいけ!」
そう声はかけてはいるものの、そのぐらいでどうにかなるものではない。役人達が困惑した顔で、どうしたものかと時折顔を見合わせる。皆若いものが多いところを見ると、或いは入ったばかりなのかもしれない。
「ったく、何をとろとろしてるんだ!」
「メハル隊長」
突然、怒号は響き渡り、色の黒い精悍な顔の男が、仏頂面のまま走ってくるのが見えた。隊長といわれているとおり、彼は階級が高いらしい。服装を見ても、すぐにわかった。
「とりあえず、野次馬をどかせ!」
「は、はい!」
命令されてようやく本腰を入れ始め、役人達は、野次馬達を追い出しにかかる。わあわあと騒ぎになるのをみやりながら、メハルは、頭を抱えた。
「全く。少し留守にするとコレだ。で、アレか。殺されたのは男だったな?」
「ええ、酒場帰りの酔っ払いのようですが」
騒ぐ声が少しずつ遠くなるところを見ると、どうやら野次馬達は少々押されているようだ。やればできるのにやらない部下達を思い出すと、メハルは頭が痛くなる。
メハルの前には、黒い布がかけられた昨日事件の犠牲者が横たわっていた。それを一瞥するまでもなく、メハル隊長には事情は飲み込めていた。メハルはため息混じりに聞いた。
「またか?」
「はい、同じ手口ですね。また腕利きの仕業です」
「チッ、何人殺れば気が済むんだ! で、何かわかったのか?」
苛立ちながらきいてやると、横にいた部下は少々焦る。
「そ、それが、何も……!」
「何も? オレが外に出ている間に何か調べがついているはずじゃないのか!」
「そ、それが、相変わらずなものでして」
たらたら額に汗をかく部下を見やりつつ、思わずメハルは、天を仰ぎたくなった。そもそも、これぐらい自分がいなくても、あれこれ対応できるはずのことだ。野次馬のこともそうである。
「まったく!」
メハルは憤慨しながらはき捨てた。
「オレが来ないと何もできんのか! もっと柔軟に対処しろといつもいっているだろうがっ! オレは、近くの村の鍛冶屋殺しのために出張してたんだぞ!」
「す、すみません。しかし、隊長がいないと我々何をやっていいやら」
弱気にそんなことを言う連中を見ると、さらにいらだつ。メハルは平和ボケしすぎな部下達を一喝する。
「がーッ! お前達という奴は! もっといい補佐をつけるように今度うえに頼んでおく!」
野次馬は、とりあえず、メハルの勢いもあってか、少々下がっているようだった。ともあれ、まずは調査をして、この遺体を運んで、と、支持しようとしたメハルは、ひく、と口元を引きつらせた。
いつの間にか、側に見知らぬ青い服の男が忍び込んできていたのである。
「こら! 貴様あ! 誰がこっちにきていいといったあ!」
「うお!」
癖のつよい髪の毛の男の首をつかんで、メハルはそのまま持ち上げる。そして、部下達を再び一喝する。癖っ気の三白眼といえば、間違いなくシャーなのだが、さすがにいきなり後ろからつかまれたので、一瞬逃げ場がなかったらしい。持ち上げられて、逃げるに逃げられない様子のシャーをちらりと見てメハルは言った。
「誰も近づけるなといったのに、なんでこんな不埒な輩が忍び込んでいるんだ!」
「あ、あれ、い、何時の間に……」
きょとんとしている部下達をしかりつけるメハルの手に、余計に力がかかる。シャーは、手を引きつらせた。大柄のメハルの力は、思ったより強い。
(し、死ぬ。これは、このまま、説教始められたら死ねる……!)
シャーは、思わず焦って声をかける。
「あ、あのう。ちょっと、首があああ……!」
だが、メハルはそれどころでないらしい。部下達が、真っ青な顔になっているシャーに目を向けているのにも気付かず、ひたすら説教を始める。
「貴様らがぼーっとしているから何でもかんでも悪い方に転がるのだ!」
「あ、あの、首が絞まります。も、もうちょっとソフトに優しく……」
大柄のメハルに、実質的に首を絞められながら、シャーは掠れる声で頼んでみるが、メハルはシャーのことなど見ていない。
「好奇心旺盛な町の連中を、近づかせたら、いろんな噂が出回ってとんでもないことになるんだと何度言ったら! こういうときは、まず周りを冷静に……!」
「す、すみません隊長!」
「わかっとらーん! ぜんぜんわかってない!」
どうやら、メハルは、頼りない部下達に気合を入れるつもりらしい。がみがみと怒号を飛ばす彼は、次第にシャーをつかんでいる手に力を入れるのを忘れている。
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