うまいこと力が緩んだので、シャーはそっとメハルの手をすり抜けて、さっとしゃがみこみ、遺体にかけられた布を少しだけめくって覗き込む。
(こりゃ、また随分……)
犠牲になった男を哀れに思いつつも、シャーは思わず唸った。シャーから見ても、この男を殺した者は相当な腕を持っていると確信できた。そして、噂どおり、その剣の形状は、このあたりでは使われていないものだ。
「……これは……」
シャーは、眉をひそめ、一瞬唇を噛んだ。少々真剣な顔になりながら、記憶を手繰り寄せる。
これは、この地方で使われる剣でつけられた傷ではない。ふと、黒い影が目の前をよぎったような気がする。
(しかし、どう考えても、こんな芸当が出来るのは、あいつぐらい……)
「おい、貴様あ!」
「え、あ、はい!」
怒鳴りつけられ、シャーは我に返ってそちらに目を向けた。出し抜かれたことも合ってかすっかりおかんむりのメハルが、腕を組んだままこちらを見下ろしていた。
「なにしてんだ。お前は」
「え、ええと……」
シャーは、ひょこっと立ち上がり、メハルの視線におびえつつ、苦笑いした。
「し、知り合いじゃないかなと心配になったんです。そ、それで……」
「知り合いだったのか?」
冷たい目で訊かれてシャーは首を振る。
「いいえ」
「だったら! とっととどかんかー!」
「す、すみません〜。この辺で立ち去りますので!」
「全く!」
シャーが、そろそろ逃げ出し始めると、メハルは軽く地団太を踏んだ。
「あーっ! 鍛冶屋事件の一件で解決できるかとおもったらこれかよ! お前らちゃんと見回りはしているのかーっ!」
「あ、い、一応は」
「一応じゃねーっ!」
気弱で頼りなげな部下を一喝し、メハルは、悄然とする彼らを見下ろした。
「クソッ! とにかくとっとと事件を解決せねば、ああいうろくでもない輩が、あることないこと言い始めるんだ! お前ら、わかってるなー! これ以上、事件が続いたら俺たちの恥だ!」
部下達に檄を飛ばすメハル隊長を横目で見つつ、シャーはそろそろとその場を去る。
と、シャーは、一瞬、メハルの腰を見やった。そこに刺してあるのは、ザファルバーンの軍隊にしては珍しい、両手持ちの反りのない剣のようだった。
気にはなったが、とりあえず、この場はあの隊長さんに任せたほうがよさそうだ。シャーは、リーフィの待っている方に向かって小走りで戻り始めた。
人だかりが何となく遠巻きになったせいで、リーフィも少し後ろに下がっていた。シャーはそこまで小走りに戻ってきた。リーフィは、相変わらずな様子で立っていたが、周りの騒々しさから見ると、彼女の周りだけ音が止まっているようだ。
「お帰りなさい」
「いやー、もうちょっと探るつもりだったんだけど、あの隊長さんがさあ」
シャーは、髪の毛を指先でいじりながら、不満そうに言った。
「まあ、でも、大体何となくだけわかっちゃったけどね」
「わかったってことは、誰の仕業かわかったってことなの? ゼダは関わっていたのかしら?」
「いいや」
シャーはあっさりと首を振った。
「アレはネズミの仕業じゃないよ。あの刀じゃあ、ああいう殺し方はできないからね。かなり重い、西渡りの諸刃の両手剣でやった感じだった。一日、二日使った程度じゃ、あんな芸当はできない。多分、一日二日振り回して斬れといわれても、あんなことはオレでも無理。相当な腕利きだよ、しかも、そういう剣をかなり使い慣れている奴でないと」
そこまで話して、シャーは、あ、と声を上げた。思わず慌てて、リーフィに声をかける。
「ご、ごめんね、リーフィちゃん。こんなアレな話しちゃって……。気分悪くなったりしない?」
リーフィは少しだけ微笑んだ。
「大丈夫よ。そんなに気をつかわないで」
「あ、うん」
さすがにリーフィは気丈なところがある。それとも、かつて乱暴者の女だったリーフィは、そういった血生臭い場面を見慣れてしまったのだろうか。そう考えると、シャーはちょっとだけ痛ましいような気分になる。
「まあ、ネズミにしては無駄がなさ過ぎるからねえ。あの伊達男がやるなら、もっと派手で無駄なことが多いはずだし……」
「でも、ゼダじゃないとして、あなたは誰に見当をつけたの?」
「うーん、ちょっと心当たりがあるんだけどね。実際、この辺で、あんな剣をぶら下げてて、あれほどの腕前って言うと限られるからさ」
シャーは、顎をなでやった。
「シャー知ってるの?」
「ん、まぁね。……あんまり、顔あわせたいやつじゃないけど……」
シャーは、少々俯き加減ににやりとした。
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