「あのネズミとは違う意味で、ちょっとオレに似てるかな。背を突き飛ばされたら、奈落に一直線に落ちるっていう意味でね。幸い、オレは境界線の手前で、あっちはすでに境界越えて崖っぷちなわけだけど」
そこまでいって、シャーはごまかすように渋い笑みを浮かべた。
「オレも、あんまりまともな人間とは言いがたいとこあるからね」
そして、それを振り切るように、おどけたように振り返った。
「でもねえ、だからこそ、ちょっとわかるんだよなあ。アイツは、確かに、一回乱心したら何やるかわからない。そういうタイプだよ」
「つまり、シャーは、その人が何かのきっかけで殺しを始めて回っているって思うのね?」
リーフィは一度瞬きする。
「確信はないけどね。アイツがここにきている証拠はないわけだしさ。でも、ちょっと目星はつけておきたい相手かな。それに、アレは、オレよりも背が高いし、目も引くから」
そこまでいって、リーフィが黙ってこちらを見ているのに気付き、シャーは苦笑した。
「と、いっても。オレは別に関わるつもりじゃないんだよね。こーいうアブナイ橋なんて渡らないほうがいいわけだしさあ。アレも、正直、駆け引きナシならオレより強い相手だし……」
「シャー、あなた、結構嘘が下手ね」
リーフィが、突然そんなことをいったので、シャーはやや慌てた。頭の後ろで組んでいた腕が外れる。
「いや、オ、オレは別にだねえ」
「その人に会いに行くんでしょう? シャー」
「いや、その……」
ずばりといわれ、シャーは狼狽するが、リーフィは少々くすりと笑うばかりである。
「私だって、そろそろあなたと付き合いが長くなってきたもの。それなりにあなたのことは、わかってきたつもりなのよ。何か行動を起こす前のあなたは、目の色が違っているのよ」
「え、ええっ、嘘……。いや、そんなことは……」
シャーは、困惑気味に癖の強い前髪をかき回したりしていたが、やがてため息をついた。
「参ったなあ。そんな簡単に図星さされるの初めてだよ。リーフィちゃん、洞察力結構すごいよね」
「そうかしら」
リーフィは、少し満足そうに笑い、そして、ふとこういった。
「私も手伝えないかしら。情報を集めるのなら、私にもできるし」
「ええっ!」
いよいよ、シャーは、本気で焦った。
「リーフィちゃんは危ないよ。相手は何するかわかんない奴だしさあ」
「シャー。私にだって、それなりに武器はあるのよ。ソレに大丈夫。最低限あなたの足は引っ張らないようにするわ」
リーフィは、黒い瞳を上に上げてシャーを見やる。氷のように冷たいようで、どこか真摯な瞳に、シャーは思わず目をそらしそうになる。
「あなただけじゃあ、できないことだってあるでしょ? ね、私を協力させて」
「……ううう、そんな目でそういわれると弱い……」
シャーは、額に手を置いた。これは反則だ、とシャーは嘆息をついた。おまけに、シャーの人生においても、女の子の方から協力してあげる、といわれたのはなかなかない。こんなに何の裏もなく言われたのは、下手すると初めてかもしれない。
やはりリーフィはリーフィなので、そこに恋愛感情は絡んでそうになく、どちらかというと、これは相棒にしてくれ宣言のような気もするのだが、ともあれ、シャーはそういう好意には弱い。
「わ、わかったよ……。んーと、じゃあ、ちょっと協力してもらっちゃおうかなあ」
シャーはあっさりと負けてしまって、半分しょげるような顔になりながらそういった。
「でもね、あんまり無茶しないでね。オレ、ホント心配しちゃうから」
「大丈夫よ。そんなに無茶はしないし、もし、本当に何かあったらあなたが助けてくれるんでしょう?」
リーフィが、いきなりそんなことを言ったので、ちょっとだけシャーは嬉しい。にやけ顔になりそうなのをかくしつつ、時折きりりとしてみせながら、シャーはリーフィを覗き込む。
「そういわれると、オレ、調子に乗るよ?」
「でも、基本的に、私は無茶はしないから安心して」
リーフィがまじめにそんなことを言った。多分悪気はないのだが、何となくシャーにはきつい言葉だ。
「そ、そう……」
たまにはオレを調子に乗せて欲しいなあ、と心の中でつぶやきつつ、それでも、シャーは、やっぱり少しだけ嬉しくなってしまう自分に、何となく絶望するのだった。
高楼から砂の上に金色に光る月を眺める。それが彼女の日課である。夕暮れの街に、今日もゆっくりと日が落ちていき、月が昇る。
花街の夜は華やかだが、どこか刹那的で儚げでもある。ぼんやりと浮かぶ夢のような空間に笑い声が響き話当たる。
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