じりじりと音を立てるランプの光に透けて、赤く見える髪の毛に薄紅の上等な衣服がかかる。金属の髪飾りが、しゃらりと音を立て、彼女はわずかに顔を上げた。どことなく幸薄そうなはかなげで繊細な顔立ちに、伏せがちの大きな瞳。華やかな中にもかげろうのような消えていきそうな雰囲気が影をひく。青ざめた顔は、けして血色がいい方ではなく、また色が白いだけでもなさそうだった。
シーリーンは、冷たい風の入ってくる窓を閉じた。夜風に当たっていると熱を出してしまうかもしれない。
シーリーンは、この妓楼の妓女だ。もとは貴族の娘だったが、彼女の家は内乱後急速に零落し、彼女は仕方なくここに売られてきた。体の弱かった彼女は、ここでの生活のうちに体を壊してしまい、またおとなしく控えめな性格のため、上客もついていなかった。
病気の彼女が妓楼を出て行かねばならなくなったとき、ふと、この妓楼にいりびたっていた男が、ふと手を差し伸べてきた。彼のおかげで彼女は、しばらくここで店には出ずに静養できるようになった。しかも、この一部屋を自由に借り切ることもできた。
だが、それでも、それは体が治るまででもあるし、男が妓楼の主と契約した年月が限度である。それが終われば、またつとめなければならない。どことなく幸の薄い彼女の印象は、ただの印象というより、彼女の過去やこれからの運命を象徴しているような感じでもあった。
こほん、と軽く咳をして、彼女は水差しの水をふくんだ。
向こうで大きな音が鳴り、歓声が響き渡る。はやくも酔っ払った客が、盛り上がって暴れているのだろうか。そういうことはよくあることなので、シーリーンは特には気に留めず、しばらく休むことにしたが、このときは、それだけではすまなかった。
誰かの大きな足音が、徐々にこちらに近づいてくるのがわかったのだ。
「なんだ、こんなところにもいるじゃないか!」
裏返った声と共に、男が入り口の布をめくりあげて現れる。シーリーンは身をすくめた。酔っ払っているらしい顔の赤い男は、すでに千鳥足になっている。よろよろとこちらまで歩いてきながら、彼はシーリーンを覗きやった。
「す、すみません。私は、お店には出ていないんです」
「なんだ? いいじゃねえか。こっちにきてちょっと遊んでくれれば!」
「いいえ、駄目なんです。私は……!」
シーリーンは、首を振る。一応彼女は、ある男に保護されている身であるし、彼の顔を立てる意味でも、妓女として今は出るわけにはいかない。
「なんだよ! 一緒にきてくれてもいいだろうが!」
「だ、だから、駄目なんです!」
そういったが、シーリーンの力は弱い。あっという間に引きずられそうになり、慌てて彼女は手を払って部屋の隅へと逃げる。誰か助けに来てくれるかと思ったが、誰も助けにくる気配はない。他の客にかかりきりになっているのかもしれないし、或いは――。
男は、下卑た笑い声を上げた。
「かわいいじゃねえか。そういうの、オレは結構好きだけどなあ」
シーリーンは、身をすくめて目を閉じた。
と、男の笑い声が一瞬にして悲鳴に変わった。何か事がおこったのをしり、シーリーンは、おそるおそる目を開けた。
「シーリーンに手を出すな」
聞き覚えのある声が聞こえ、男の背後にもう一人男の姿が見えた。彼は男の腕をねじり上げ、だまってそこにたっていた。実年齢より幼く見える顔立ちだったが、そんな可愛げなどほんの少しも宿していな鋭い視線が、男に注がれている。
「な、なんだ! お前は!」
いきなりのことに、酔っ払った男は慌てた。だが、青年は、容赦なく彼を突き飛ばす。うめいた後、何か大声で罵声を浴びせながらも、男は既に逃げ腰になっていた。というのも、目の前に立つ青年の帯には短剣がひっかかっているし、彼はいつでもそれを抜ける体勢だったからもある。
「何をするじゃねえ」
青年は、口元をゆがめて笑っていった。
「この娘は、今のところオレが貸りてるんだよ。テメエのような与太郎に指一本触れさせるわけにはいかねえんだよ」
「な、何言ってやがる!」
挑発するような言い方に、おびえながらも男は腹をたてる。だが、青年の方は余裕の様子で、肩にひっかかけた赤い上着をととのえていた。
「やる気ならやってもいいんだぜ。だがなァ、ここで刃傷沙汰起こして困るのは、オレじゃなくおたくさんの方じゃねえのかい?」
「う……」
男はうめいた。彼が言ったことも事実であるが、それ以前に青年のまなざしが不気味だったのだ。口元はへらへら笑っているくせに、まるで蛇の目だ。じわじわと恐怖をあおるような、そういう目をしている。
男は息を呑む。このまま待っていても、自分の立場が悪くなる一方のような気さえする。もしかしたら、相手は腕がたつだけでなく、この店の上客なのかもしれない。
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