「そうだ。あの夜、俺が死ねば、貴様はカディンを殺すつもりだった。だから、役人に追い詰められ、俺が自尽したという報告を待っていたはずだ。だが、いつまで経っても俺の死体どころか、所在がつかめないので、貴様は一日伸ばしたのだ。いいや、もう待てなかった。メフィティスを求めてくるカディンに、貴様はもう我慢が出来なくなっていたのだろう。それに、剣の秘密もそろそろつかめてきていた。だから、今日は我慢できずに、カディンを殺した」
「……だが、今日あんたが死ねば、ちょうどいい」
 ラタイには、シャーやテルラが見えていないのかもしれない。そんなことを言いながら彼は笑った。
「俺はその女を斬って剣の秘密を知る。そして、今度は師匠以上の刀鍛冶として名を馳せるんだ!」
 彼の目には、どこか夢見るような陶酔が漂っていた。メフィティスの見せる幻影によっているかのようだ。
「貴様ならまじめに修行すれば、さぞかしいい鍛冶屋になれただろうに。そんなことでこんなことを……」
 ジャッキールは、忌々しげにつぶやいた。
「……貴様はすでに魔道に堕ちたのだ。そんなことなど無理に決まっている。一度味わった愉悦を忘れられず、また人を殺す! もう戻ることなどできないのだぞ」
「黙れ! 俺はお前とは違う!」
 ラタイはメフィティスを振り上げた。血と怒りの赤に染まった刀身は、月の冷たい光を跳ね返している。
「……俺はお前みたいに見境のつかない化け物じゃない! お前が死ねば、全部うまくいくんだ!」
 ラタイは、そう叫んで剣を突きつける。ハルミッドのところにいたときとは、まるで別人のようだった。
「……。やはり、話だけでは収まらんか」
 ジャッキールは、ため息をつき右手に下げた剣を軽く持ち直す。それに反応してか、ラタイは、ざっと剣を構えた。
 リーフィを背後に回したまま、シャーが反射的に剣の柄に手をかける。
「アズラーッド!」
 足をだしかけたシャーを、ジャッキールがさえぎった。
「手を出すな! ここは俺がやる!」
「ジャッキール」
「あの剣を回収してくれ、と、俺はアレの師匠に頼まれた。……俺には、約束を果たさねばならない義務がある!」
 ジャッキールは、半分振り返っていった。戦いを前にして、珍しくジャッキールの目は、血走っていなかった。
 シャーは、リーフィをその場にとどめ、ジャッキールの方に歩み寄った。
「正気、だよな? 状況わかっていってんのか?」
 シャーは、少し小さな声で言った。リーフィに聞かせたくない内容だったからだ。
「馬鹿にするな。俺の腕はわかっているはずだ」
「俺が知っているのは、普通のときのあんたの実力だぜ」」
 シャーは、相変わらず小さい声で言った。
「本当は、結構きついはずだ。さっき、相手に一撃をよけられたのを見ればすぐわかる。普段のあんたなら、間違いなく相手をしとめているはず。……それがああも簡単に避けられたのは、あんた自身、アレ以上の力を出すことができなかったから」
 ジャッキールは、無言だ。シャーは畳み掛けるように言った。
「昨日、あれだけ血を流したばかりなんだぜ。今度やられたら、いくらあんたでも死ぬ。それはわかってんだろうな? せっかくリーフィちゃんに助けてもらったんだろ?」
「ふん、死ねばそれも運命だ」
 それに、と、ジャッキールは付け加える。
「俺がもし死んだとしても、もし、貴様が協力してくれるならば、俺の所持金をリーフィ殿に渡してくれれば、それでそれなりに恩が返せる。無礼はわかっているが、それでわかってくれない娘ではないはずだ」
 シャーは眉をひそめた。やはり、ジャッキールは勘違いをしている。
「オレがいったのは、そういう意味じゃねえよ」
「だったら何だ?」
 少しきょとんとしてジャッキールは、振り返る。視線の先のシャーは、珍しく不機嫌そうな顔をしていた。いや、少し怒っているのかもしれない。
「助けてもらっておいて、たった一日で死ぬ気か?」
 シャーの口調は妙に非難じみていた。ようやく彼は意味を把握し、少しだけ意外そうな顔をした。
「……。それも、詮無いことだ……」
 ジャッキールは、そういいやる。
「詮無いだけのことなのか? ……あんたにとって、自分の生死はそんな価値のないものなのか?」
 ぶっきらぼうな口調のシャーに、ジャッキールは、静かに、しかし、はっきりといった。
「そうだ。俺にとってはそれだけのことだ。ただ、俺が気がかりなのは、リーフィ殿が、俺を助けてくれ、そして、今現在ではそのことに対する礼ができていないということだけだ」
 シャーの表情は変わらない。ジャッキールは、それをみやってふと自嘲的に笑みながら続けた。


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