「ああ。……貴様は俺に死なれては困るのだろう。いいや、厳密に言うと、俺が他殺体で見つかっては困る。貴様の筋書きでは、あくまで俺が追い詰められて自殺しなければいけなかった。貴様は、すべてが終わった後、元の生活に戻ろうとおもっていたのだろうからな。……俺に罪をかぶせるなら、そういう生活ができると貴様は踏んだ。だから、俺に止めを刺さず、役人に逐一俺の動向を報告した」
 ジャッキールは、続けた。
「だが、普通、まだ殺戮を楽しむつもりのものなら、そうはしない。俺をあの場で殺すか、そうでなければ、まだ泳がせる。前者なら俺を殺すのも楽しみの一つであるからで、後者なら、俺が死ねば逃げ口上がなくなるからだ。これから先しばらく殺しを楽しみたいなら、俺をもっと利用するはずだ。俺には悪癖があることはわかっているだろうし、俺なら疑われても役人に駆け込むことはない。だとすれば、わざわざ、俺を痛めつけたまま、役人の前に投げ出すようなまねは中途半端だ。……楽しみの為に殺しているのではない。それに気づいたとき、ハルミッドの弟子が思い浮かんだ」
 ラタイは答えない。ジャッキールは、テルラのほうにちらりと目を向けていった。
「ハルミッドの弟子は二人。だが、ここにいる小僧は若すぎる。おまけに、剣の心得があるとは思えなかった。ハルミッドが死んだときに返り血を浴びていなかった。あの時間で着替えて平然と戻ってくるのは不可能だ。それに、この小僧は、ちょっと無愛想なところがあるからな。カディンのような男と取引をするとは思えなかった。そうだとすれば、ハルミッドの代わりに接客をし、頭がまわり、剣の心得があり、あの時姿を現さなかった貴様しかいない」
「やっぱり、人を殺すのが目的ってわけじゃあないのか」
 シャーが口を挟むと、ジャッキールは軽くうなずいた。
「そうだ。この男の目的は、そもそも人殺しではない。ただ、人を斬って、あの剣の切れ味が見たかった。いいや、剣の切れ味を確かめて、そして、師の剣の秘密を盗みたかった。ハルミッドは、剣を戦争の道具として作った。つまり、ほかの生き物では代用にならない。師は人殺しの道具として、剣を作ったのだから、人を殺さねばわからない。それにこの男はいきついた。だから、こうして人を斬って歩くようになったのだろう」
「そうだ。……師匠は、メフィティスの秘密を教えてくれなかった。俺はどうしても、秘密が知りたかったんだ!」
 ラタイは、はき捨てるようにいった。
「だが、師匠はメフィティスを俺に触らせもしてくれなかった! だから、俺は実戦のなかで、それを学ぼうとしたのさ」
 ラタイは、狂気にゆがんだ笑みを浮かべた。
「そして、収穫はあった! 斬る度に、師匠がどういう思いでこの剣を作ったかが、実感としてわかるんだ!」
「ハルミッドならそうだろうな。予想は大体つく」
 ジャッキールは、静かに言った。
「貴様はメフィティスがほしかった。カディンと組んだのは、師の剣を盗むのに協力がいったからだろう。カディンは、数日前剣を求めにいって、振られて帰ったそうだな。そのとき、貴様は、奴に話を持ちかけた。カディンには、私兵がいる。奴らに剣を盗ませるつもりだった。後で、ほかの剣を渡しておけば、メフィティスをあきらめるかもしれない」
「だが、あの時お前が現れた」
「そうだ。俺があの日偶然あそこに舞い込んだことで、予定が狂った。貴様、一瞬あせっただろう。だが、貴様は頭が回った。すぐさま、貴様は予定を変更し、俺を利用することにした。流れ者の俺に、ハルミッド殺しと盗みを着せれば、より貴様に疑いが向かなくなる。だから、貴様は、あの騒ぎの直後にあわせて役人を呼んでいた。いいや、これは、カディンとの打ち合わせの末だろうが」
「そして、ハルミッドを殺し、剣を手に入れ、……ジャッキールは、罪を着せられた上カディンを追って都に逃れた」
「そうすれば、確かにあなたは罪を負わないわね」
 リーフィは軽くうなずいた。
「すべては、貴様の思惑通りのように思えたが、メフィティスを握っただけでは、師の秘密などわかるものではない。貴様は、それを実際に使ってみる必要を感じた。おまけにカディンは、予想以上にしつこくメフィティスを求めてくる。だから、貴様は、逃げたままの俺が、カディンをかぎつけているのを利用しようとした。つまり、俺がやったと見せかけ、剣の秘密を得るために通行人を殺し始めた。そして、本来、すべては昨日終わるはずだったのだ」
「昨日?」


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