ジャッキールは冗談を言わない。シャーは、あわてて彼に食って掛かった。
「何! どういうことだよ!」
「わからん。あてのあるところを回って見たが、この周辺にいなかった。貴様のほうにいったのではないかとおもい、こちらに回ってきたのだが……」
 ジャッキールは、心配そうな表情になっていた。
「まさか……リーフィちゃん……」
シャーは、背筋がぞっと冷えるのを感じた。
 いけない。この感じはいけない。
 そのとき、突然、悲鳴がきこえた。闇に消え入るような声は、その人物の断末魔を伝えていた。


 手に提げた剣は、月光の光を浴びて、禍々しい姿をさらしていた。ああ、なんという醜い剣なんだろう。リーフィは、思わずそう思った。
 本当は美しい剣のはずなのに、なんて浅ましい姿なのだろう。ジャッキールの持っていた、あの気品のある剣とはまるで違う。似た造形をしているのに、まるで別物だ。
「叫べ」
 男は言った。血のついた剣を振るいながら。
「叫んでもいいといっているだろう? ……その方が、メフィティスが喜ぶ」
 リーフィは、そこに立ちすくんでいた。彼女の目の前には、一刀のもとに斬り捨てられたカディンが倒れていた。生きている様子はない。
 男は、彼を斬った剣を下げたまま、リーフィのほうを見ていた。血の色に酔った目は残虐にゆがむ。
「あなたね」
 そのとき、リーフィの声は冷たい空気に月光のように冷たく響き渡った。
「今回のすべての犯行は、……あなたがやったのね?」
 リーフィの声は不穏に透明で、おびえが見えない。男はどこかぎくりとしたようだった。リーフィの瞳は、恐怖のかけらもみせず、例のごとく冷ややかだったからだ。
「……この人は、あなたのパトロンでしょう。あなたを援助していたはずなのに、とうとうそれも殺すなんて……どういうつもり?」
「恐くないのか?」
「恐くないわけではないわ。私は、ただ理由を知りたいの」
 リーフィは、少し目を細めた。
「死ぬ前に理由を知りたい……か。まあいいだろう。教えてやってもいい」
 男は、笑いながら言ったが、次の言葉を吐き出したとたん、それは怒りの感情をあらわすものに変わっていた。
「奴は、メフィティスをほしがった」
 リーフィは、冷徹なほど無表情だ。男はそれに怒りをぶつけるように吐き捨てた。
「あいつには、この剣のすばらしさがわからなかったのだ。あんな奴の手元において、ただ飾られる剣にするぐらいなら、折ったほうがましだ。……だから、殺した! ……ああ、でも、これで清々した。これで、メフィティスを手に入れようとするものはいなくなったんだからな!」
 男は、そうはき捨て、満足げに口元をゆがめた。リーフィは、わずかに眉を寄せた。目の前の男はすでに狂っているのかもしれない。あの剣のせいで。
「大体わかったわ……。あなたにとって、この人は邪魔だったのね?」
「ああ、そうだ。だが、お前もよかっただろう。この男、俺に殺されなければ、お前を殺していたぞ」
「けれど、私はあなたが殺すつもりなのでしょう?」
 リーフィが言うと、男は無言になった。笑っているのだ。
「あなた、ジャッキールさんとテルラさんを知っているわね?」
 リーフィは言った。
「なぜそう思う?」
「あなたの剣は、あの人の剣にそっくりだわ。……あの人は、この事件はハルミッドという鍛冶屋が殺されて始まったといっていたわ。ジャッキールは、そこの工房に行っていた。テルラは、あの人を追いかけてきた。だとしたら、その犯人は、必ず三人とかかわりがあるはず。あなた、ハルミッドという人の、弟子でしょう?」
「は、はは」
 男は笑う。
「ふ、ふふ。さすが、女神(メフィティス)の選んだ獲物だな」
 男の唇が冷酷に引きつった。
「目の前で人が死んだのに、その冷静なまなざし。恐れを見せない瞳。冷たい顔の美しい女だ。お前のような女を殺せば、彼女も満足してくれるだろう。そして、俺は彼女の、いや、師匠の鍛冶の秘密を知ることができる! お前は、最高のいけにえだ!」
 男の言動は、もはや正気だと思えなかった。リーフィは、それでも少し不安そうに、手をぎゅっと握り締める。だが、表情には出さずに言った。
「私を殺すのも、すべてジャッキールさんになすりつけてしまうつもりなのね?」
「あの男を知っているのか?」
 男は嘲笑するような声で言った。
「ええ。知っているわ。少し恐い人だけど、本当は……とても繊細で優しい人よ」
「優しいだと? 奴をかばうのか?」
 男は、大声で笑った。
「哀れなやつだ。あの男は」
「哀れ?」
 リーフィは、聞き返す。男は笑いながら語りだした。


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