シャーはそうはき捨てると、一気に剣を抜いて、飛び掛ってきたテルラの剣を受け流しながら、後退した。続けてテルラは何度か突っ込んでくる。
軽く後退しながら、シャーは、明らかに違和感を感じた。
(何故だ)
テルラが気合の声をあげながら、飛び込んでくるのを軽くかわす。
確かに、ジャッキールと剣の流れは似ている。だから、彼の手をジャッキールのものと間違えたのは、わからなくもない。
だが、決定的に違うものがあるのだ。
(こいつは、弱すぎる)
まるで初心者じゃないか。シャーは、剣を握りたての少年の稽古の相手をしているような気分になった。
「畜生!」
よけられてテルラは、振り返りざま思い切り突いてくる。だが、それにしたって、素人すぎた。シャーは、あっさりと下からそれを払った。あっという間に、テルラの手から剣がこぼれる。
反射的にテルラの前に剣を突きつける。劣勢にたたされたテルラは、後退気味になった。
(何故だ?)
シャーは眉をひそめた。
(なぜだ。あっけなさすぎる。……こんなに弱いはずは……)
剣を持っていれば、技量はなくても人は殺せる。だが、アレはそこそこの技術がないとできないものだった。
シャーは、青年を見下ろす。敵意をもってこちらをみている、青年の瞳は、しっかりと澄んだものだった。血に騒ぐ男は、こんな目をするだろうか。いや、それよりも、目の前の青年に、狂気が感じられない。
剣にすべてを託している人間は、剣を狂信している分、強くなるものだ。普段から強いジャッキールでも、フェブリスを使っている間は、普段より厄介になっているはずだ。あそこまでとはいかないが、その剣のために、凶行を行っている人間が、これほど弱いとは思えなかった。
「待て!」
突然、暗闇から声が走った。ちらりとそちらを見ると、闇にまぎれるようにこちらにジャッキールが走ってきているのだ。 黒いマントが、たなびいているのがかすかに見えた。
「ジャッキール?」
「やめろ、アズラーッド!」
あわてて走ってきたジャッキールは、シャーに向かっていった。よほど急いで走ってきたのか、珍しく息を切らしている。だが、息を継ぐ暇もなく、ジャッキールは続けていった。
「その男ではない! その男は関係ない!」
「え? ど、どういうこと?」
ジャッキールが、いきなり擁護したので、当のテルラのほうが驚いたような顔になっていた。ジャッキールは、一度息をついて、呼吸を整えると、静かにこちらに歩み寄ってきた。
「この男は、確かにハルミッドの弟子だが、この男がやったのではない」
「だが、カディンじゃない。アイツは腕利きだったがアイツじゃないのは、剣ですぐわかった。こいつでもないとしたら、誰なんだ。弟子がやったといったじゃないか、ジャッキール」
「そうだ。カディンでもない。……ハルミッド自身、ある程度剣を使える男だった。あいつの弟子なら、誰でも使う」
ジャッキールは、珍しく早口で答える。
「おまけに、ハルミッドは、俺の剣術をよく見ていたし、時に弟子に教えさせることがあった。貴様が当初俺の手と間違えたのは、その男が俺の癖を知っていたからだ。わざと真似たに決まっている。俺はほんの少しだが、あやつに剣を教えたことがある」
「カディンでもなくて、こいつでもないって、じゃあ……」
ジャッキールは、何か確信をもったような目をしていた。
「そうだ。ハルミッドには、弟子が二人いた。俺が剣を教えたのは、もう一人の男のほうだ。だから、メフィティスをもっていったのは……」
「うそだ! 師匠を殺したのは、お前だ!」
テルラが、突然声を上げた。
「お前に決まってる! オレはお前が師匠の返り血を浴びているのを見た!」
「落ち着いて話を聞け。あの返り血は、賊を殺したときのものだ。大体、俺には、無料で剣を修復してくれたハルミッドを殺す理由がないだろう。それに、仮にメフィティスを目当てにしていたとしても、どうして俺がメフィティスを持っていない」
ジャッキールは、なだめるように言う。
「それに、貴様、うすうす感づいていたはずだ。あの後、やつの行動がおかしいことを。……都に出てきたのは、それを確認するためではなかったのか?」
それをきき、テルラはがくりと肩を落とした。ジャッキールの言うとおり、彼はメフィティスを持っていないし、大体、ジャッキールが犯人であれば彼が自分をかばう理由がないのもよくわかっている。
ジャッキールは、おとなしくなったテルラを見、シャーのほうに向き直った。なにやらそわそわしている。
「アズラーッド。リーフィ殿はどこにいる?」
「どこにいるって……」
シャーは、きょとんとした。
「どういう意味だ? アンタが探しにいったんだろ」
「だが、酒場にリーフィ殿はいなかった」
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