シャーは、苦笑してそう呟き、消えたカディンをひとまず追いかけることにした。この辺の道は知りつくしている。焦らなくても、行き着く先ぐらい、大体わかるのだった。それに、彼は、別に本星ではない。
リーフィはひたすら走っていたが、背後の気配が消えたのを確認して、足を緩めた。
「……あきらめたのかしら」
あがった息を整えながら、リーフィはふうと深呼吸をした。
外見上、表情はほとんど変わらないが、彼女でも、追われるときには、それなりに恐怖心には襲われるものだ。ただ、リーフィは、色々苦労してきたのと、持ち前の性格から、いつも冷静でいられるだけだ。
「さっきの娘さん大丈夫かしらね。ずいぶん調子が悪そうだったけれど」
なんとなく不安になる娘だった。あの服装からだと花街の女だろうか。リーフィも、立場的には彼女につまされるところがあるから、余計に心配になるのかもしれない。
あとで様子を見に行こうか。リーフィは、そう考えながら、それでも、早足に遠回りしながら道を戻ろうと考えていた。
だが、ふと、彼女はすぐに立ち止まってしまった。
前のほうから、息を切らせながら走ってくる男の姿が見えたのである。
「おのれ、あの男……」
男は、そうはき捨て、ふと、リーフィのほうを見て、彼もすぐに立ち止まる。
「そこの女は……」
男はカディンだ。リーフィは、思わずびくりとした。カディンが剣を握っていたから、ではない、彼女の目は、もっと向こうを見ていた。だが、それにカディンがきづいたかどうか。
カディンは、ただ、酒場でリーフィが、シャーと同じ時刻にいたことを思い出したのだろう。そして、すぐに彼女とシャーのつながりについて思い出したはずだ。
「あの三白眼めは、そちの情夫というわけだな? 私をはめたのか、お前たちは!」
普段なら、あるいはリーフィは、それについて否定していたかもしれない。だが、リーフィは、カディンの背後に回ったものの方に気をとられていたのだ。彼女は、最初から、カディンよりも、そこにいる人間のほうを見ていたのだった。
その理由は簡単だ。そこに潜んでいるものの方が、カディン本人よりも、よほど、危険だったからである。シャーに対する憎悪で我を失っているカディンよりも、それはよほど危険だった。
彼には、「魔剣」がついていたから。
「待って!」
リーフィは、鋭い声で言った。
「……あなたの後ろにいるのは……!」
「黙れ、この売女め」
カディンは、リーフィを狙って剣を振るおうとした。だが、リーフィは動かなかった。いいや、リーフィにはこの先の結末が見えていたのだ。
その先にいる人物の顔を、リーフィははっきりと見た。
たた、と走ってきて、シャーはいったん足を止めた。さすがに息はあがっている。それを軽く整えつつ、彼は周りを見回した。相変わらず人気のない、廃墟だらけの区画だ。
「チッ、どこにいったんだ?」
シャーは、くるくるの髪の毛をかきやりながら呟いた。
「あの旦那としゃべっているうちに、おいてかれちまったな」
少し考えて、シャーはちらりと闇の凝ったほうに目を向ける。悪党は闇に身を隠したがるものだ。
「まあ、ちょっといってみようかな」
そんな独り言をつぶやきつつ、シャーはそっとサンダルばきの足を進めたが、一瞬、ちらりと光が目に入った。
「うおっ、と!」
シャーは、身を翻す。その横を、前に転びそうな勢いで、誰かが通り過ぎていった。
「物騒だな」
シャーは、後退して、軽く片足だけでたっと着地する。目には、きらりと光る剣があった。
「いきなりつっかかってくるとはね、と……」
シャーは、一瞬きょとんとした。
「アレ、あんたは」
シャーは、目をぱちくりさせて、相手を見た。
テルラだ。夜の闇でわからなかったが、間違いなくあの時酒場に現れた青年である。
「あんたかい。探されていたぜ。知っているのか?」
シャーは、いつもと変わらぬ口調で言った。テルラの目は、夜の闇でも、はっきりわかるほどぎらついていた。
「お前とあいつが一緒にいるのを見たぞ!」
テルラはすでに怒り心頭といったところで、シャーの言葉をきこうという意思も感じられなかった。ぎらつく剣を握り締めたまま、彼は怒りのままに、叫んだ。
「お前たち! 最初から組んでいたんだな!」
「何を言ってるのかしらないが」
シャーは、少し息をついて、剣に手をかける。
「あんまり、そういう風に剣を抜くのはやめとけよ。オレは、普段はジャッキーちゃんより優しいつもりだが、……切れるとどうなるかわかんないぜ」
「黙れ!」
テルラは、どちらかというと、あまり感情をあらわにしない朴訥な青年だ。だが、今ははっきりと怒りの形相を浮かべて、そのままシャーに切りかかってきた。
「チッ、仕方がないぜ」
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