「都に来てるはずなんだが、そいつが、おそらくこの事件の鍵を握ってる奴なんだ」
「ってことは、やっぱりアレか、ハルミッドの弟子っていう……」
「ああ、そうだ。そいつを探しているんだが、見なかったか」
「いや、今夜は見てないよ」
シャーは、左手で顎をなでやり、思い出したように眉をひそめた。
「そういえば、一時期、酒場で見かけたな。場末で見かけるということは、この辺をうろついてるってことか」
「やはり、そうか! 今夜は、あちらこちらに部下を配置してるんだが、ぜんぜんかかってこねえ。お前も見たら詰め所に教えろよ! じゃあな!」
メハルは、そういって、あわただしく走っていった。
「テルラっていうと、あの兄ちゃんなわけだが」
メハルの姿が見えなくなっていくのを見ながら、シャーは剣をとりあえずぬぐっておさめる。月の光で刀身がきらりと輝くのが目に入る。シャーにですら、その輝きが、時に怖くなるときがある。それが、あまりにも魅惑的にうつる時が、彼にもあるものだから。
だが、ジャッキールが言っていたのはそういうことではなく、そこにある理由は、もっと、自分たちとは違う複雑なものだ。
「ジャッキールが言ってたのは、やっぱりそういうことなのか」
シャーは、今朝、ジャッキールが言った「奴は我々とは感覚が違う」という意味深な言葉を思い出した。そして、ハダートが送ってきたいくつかの情報……。メハル隊長が追っているとした、数人のリストの中に、テルラの名前があった。
それに、ハダートの情報によっても、ハルミッド自体も、かなり危ないところがあったという。その師匠を見て育った弟子に、その狂気はどう映っただろう。すばらしい剣を作る原動力に見えたのではないだろうか。
「「使う側」の人間が、切れ味に酔っているのではなくて、「作る側」の人間が、研究のために敢えて自分で斬れ味を試している」
シャーは、低い声でつぶやき、ふと、何かに気づいて顔を上げた。そうか、と顎をなでた。
「昨日、ジャッキールを追い詰めなかったのは、ダンナに逃げられたからじゃない。ダンナを殺そうというつもりはなかったんだ……。あの状況で泳がせたのは、実はちゃんと考えがあったんだな?」
負傷した状況について、ジャッキールは多くを語らなかったが、それでも、少しぐらいはわかる。ジャッキールは、多少斬られても逃げるような男ではない。
だから、彼が相手を仕留めてもいないのに、あの程度の怪我で済んでいるのはおかしいのだった。普通、ジャッキールが血を流した時点で彼には大きなチャンスになるはずだ。ジャッキールを殺す気なら、そこで間違いなく追撃を加えるはずだった。だったら、相手も手傷を負って逃げるか死ぬか、ジャッキールが動けなくなるかぐらいまで、状況はエスカレートするはずなのだが、昨夜の様子ではどうもそうではないらしい。
もし、ジャッキールの剣を奪うつもりなら、彼には死んでもらったほうが好都合に決まっているし、人斬り自体を楽しんでいるのなら、彼のような強い男を叩き切るのを嫌がる理由がない。
相手は、狂気にとらわれたなりに、冷静なのだ。すべてが終わった後、それができるかどうかはともかくとして、平穏に過ごすつもりなのである。
「いつか、やめるつもりだったからこそ、あの時、ジャッキールを殺すわけにはいかなかったのか」
いや、もしかしたら、その最後の殺しの日を今夜に設定したのかもしれない。そして、明日からは、何事もなかったかのように振舞うつもりなのかもしれない。彼の考えでは、すべてはジャッキールがもっていってくれるのだろう。
「ダンナを一人で行かせたのは、ちょっとまずかったかな」
シャーは、眉をひそめた。なぜなら、「彼」が最後に狙うのは、ジャッキールのはずだった。いいや、厳密に言うと、「彼」が願うのは、ジャッキールが剣で自殺することである。
「でも、リーフィちゃんが酒場にいれば、そんな無茶もしないか」
シャーは、そう考え直して、一安心した。
そう思うと、リーフィは信頼できる人間だった。彼女なら、うまく取り繕ってくれるだろう。彼女は、自分よりもよほど冷静なところがあるから、そういう判断を間違えたりしないだろう。
けれど、シャーも、女の子をそういう風に信頼するのは、初めてだった。いつもは、自分が全面的に守ってあげないと、と思うのが常だった。こんな風に思うのは、彼にとってはかなり珍しいことなのである。だから、すぐにわかった。今回のその感情の出所は、けして恋愛感情ではない。
「ちぇっ。オレのほうからも、結構色気のないことになってるんじゃないか」
だからといって、別にリーフィに入れ込んでいるところがないわけではないのだが。
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