シャーの言葉に、ジャッキールは別に緊張もせずに答えた。それが、さも当然で、いつものことであるかのような言い回しだ。
(そりゃあ、あんたはいつもそうだろうさ。そういうのがないと生きられない男だからな)
だが、今みたいに怪我をしているときぐらい、選択の余地ぐらい作って欲しいものだ。
ぞろり、と、連中は、建物の陰から姿を現してきていた。月の光が不気味に明るい。どういうわけか、先ほどより赤みを帯びてきたせいで、気持ちの悪い晩は、さらに血の予感を感じさせていた。
「邪魔をするなら斬り捨てるまでだ。それ以外の道などない」
ジャッキールはそういって、右手で左腰にさげてある柄に手をかけた。男たちはこちらに近づいてくる。
「わかりきったことだろう」
ジャッキールは、そう呟く。雰囲気が少しずつ、先ほどまでとは違いつつあった。
(……結構平気そうな面はしてるが……)
だが、ジャッキールが、本当はかなり不調なのは冷静に考えてすぐにわかる。いまだに、ジャッキールは左腕が動かせない。少しでも動かすと傷に響くのだろう。
こういう状態で、数人を相手にすることが、果たしてジャッキールにできるのか。
(いや、こいつなら、意外にやるかもしれないが)
もし、そうだとしても、どうなるか、シャーには少しわからないところがある。万一死なれでもしたら、リーフィの手前大変だ。
それに。
ジャッキールの奴にここで暴れられるのは、よくない。この時点で、人死にが出ると、役人に見つかると終わりだ。この国の、ならず者たちの命の価値はそれほど重くない。流れの者の喧嘩は、彼ら同士の問題だと一蹴されてしまうことが多いから、ジャッキールが、カディンの手下を斬る分にはあるいはお咎めはないかもしれない。だが、ああいう事件が続いた後であるから、どうなるやらわからない。疑われるとどうなるかわからないのだ。ジャッキールの戦い方は派手なので、どうしようもなく目立つのである。
(コイツは、一旦引かせたほうがよさそうだ)
シャーは、あごをなでやると、なんでもないことのように声をかけた。
「……なあなあ、ジャッキーちゃん。はやる気持ちはわかるけど、ちょっとリーフィちゃんの様子みてきてくんない?」
ジャッキールが、一瞬、こちらを見た気がした。
「ほら、あんたがしつこく言うもんだから、オレも心配になってきてさ。ちょっと、その辺の路地裏から、お店の方に……」
「何だと! 俺にこの場を離れろというのか!」
シャーの言葉をさえぎり、ジャッキールは憤りを隠さない声で言った。
「まさか俺を足手まとい扱いするつもりか、アズラーッド!」
プライドが傷ついたのか、それとも、すでに血の気の上った頭に水をさされたせいなのか、ジャッキールは、突然、狂気に閃いた目をシャーの方に向けてきた。そこには先ほどまで話していた男の、場慣れしたもの特有の穏やかさのようなものは、まったくない。
(うわあ……、コイツ。いつの間にやらもう人格変わってやがる!)
いつもは、こっちが普通だと思っていたが、先ほどまで結構まともに話をしている彼を知っているだけに、変化が激しすぎる。とはいえ、一度わかってしまえば、これは一過性のものだというのもわかるのであるが。
そう、冷静に考えれば、ジャッキールがこうなるのは、一過性のものなのだ。奴の頭を冷やしてさえしまえば、冷静に話を聞かせることもできるはずである。それに気づいて、シャーは、作戦を変えた。
「ま、まあまあ。落ち着け。とりあえず、剣から手を離して話きいてくれよ」
シャーは、顔を引きつらせながら、ごまかすようにいった。うまいこといわないと、ここで斬りかかってきそうなところもある。こんなときに内輪もめで痛い目にあうのはいやなので、うまい言い方をしないといけない。
「おっさん、きいてんのかよ。リーフィちゃんだよ、リーフィちゃん。オレじゃなくて、リーフィちゃんのこと」
「む、何だと。リ、リーフィ殿? ……そ、それは……」
さすがにジャッキールもリーフィのことだといわれると ちょっとは正気に戻ったらしい。ほんの少し、狼狽した目にいつもの冷静さが戻ったのを見て、よし、とシャーはにやりとした。
「そうそう、リーフィちゃんのことだよ。ジャキジャキ。心配じゃないの?」
「心配ではあるが、……だが、俺よりも貴様が見に行った方が……あの娘の……」
急にしおらしげになるジャッキールを見て、シャーはふといった。
「あのなあ。おっさん。もし、リーフィちゃんが大変なことになったらどうするわけ? ジャキジャキ、責任とって自害とかそういうことになりかねないよ。それでも、状況が元に戻るわけでもないし」
「そ、それは困る」
「でも、ここでカディンから二人とも逃げられるとは思えない。一人は残らないとね」
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