「女の人が、助けてくれたんです。……私、誰かに追われて……剣を持った若い男のひと……。私のふりをして、注意をひきつけてくれて……けれど、きっと危ない目に……」
「もしかして、それは……あんまり表情のない若い女か?」
「え、ええ」
シーリーンはうなずく。
(リーフィだな……)
シーリーンのいった方向は、そういえば彼女の店につながる方向だ。あそこでリーフィとシャーが分かれたのだから、通りがかっても不思議ではない。おまけに、このあたりで、無表情でそういうことをするような度胸のある若い娘というと限られてくるのだ。
それにしても、誰に追われてたのかは知らないが、シーリーンが逃げようとするぐらいなのだから、よほど不気味な殺気でも放っていたのだろう。シーリーンは、どちらかというと鈍い方だ。そんな彼女でもすぐにわかるほどだったということは、その男の雰囲気がずば抜けて恐ろしかったということなのだろう。
「シーリーンさま!」
ふと、聞き覚えのある声がきこえ、慌てた様子で走ってくる青年の姿が見えた。
「よう。久しぶりだな」
「……あ! 坊ちゃん!」
ザフは、焦った様子で彼の抱えているシーリーンを見やった。そして、その様子をみて、彼はその場にひざまずく。
「坊ちゃん、申し訳ありません。オレが目を離したから……」
頭を下げるザフを見て、シーリーンが慌てたようにいった。
「い、いえ、……私が勝手に動いたからいけないんです。悪いのは私です」
「いえ、オレが……」
ああ、ああ、ああ、とゼダは、延々と続きそうな問答を押しとめた。
「そういうことはどうでもいいさ。別にオレは怒ってるわけじゃあねえんだし」
そういって、ザフを立たせ、ゼダは彼にシーリーンをそのまま預ける。慌てて彼女を抱えながら、ザフは驚いた様子でゼダにたずねた。シーリーンを自分に預けるということは、また、何か、よからぬことでもする気だろうか。
「ぼ、坊ちゃん。どこにいかれるおつもりですか……」
「さっき、シーリーンにちょっと頼まれてな、よるところができちまったんだよ」
にやりとゼダは笑う。
「医者呼んで、ちょっと休ませてやってくれ。走ったせいで、熱があがってるみたいだしよ」
「そ、そんな、私は……」
ゼダに心配されて、自分は平気だとシーリーンは言おうとしたが、その顔色を見れば、誰がどうみても平気でないことは一目瞭然だった。ゼダはやれやれとばかり肩をすくめた。
「ぜんぜん平気じゃねえんだろ。これ以上オレを心配させないでくれよ」
それじゃあ、と、彼はザフに向けていった。
「後は頼んだぜ」
「坊ちゃん!」
そういうと、ゼダは、さっと駆け出した。ザフが後ろでなにやら言っていたが、それを聞かなかったことにする。シーリーンはザフに頼んでおけば大丈夫だが、問題はリーフィのほうだ。
(まったく。何しでかすかわからねえな)
ゼダは苦笑する。けれども、礼を言わねばならないのは間違いない。あそこでリーフィが助けなければ、少なくともシーリーンは殺されていたかもしれないのだから。
シーリーンの言う、剣を持った若い男、というのは、ただの通行人でも、カディンの手下でもない。それがおそらく、シャーとジャッキールが探している、該当の男に違いなかった。
満月がひときわ輝く晩だった。ゼダは、荒事の到来を、その冷たいような、生ぬるいような、肌触りの悪い風に悟った。
一緒に歩いていたジャッキールが、ふと楽しそうな表情になったのがわかった。その原因については、シャーも当に気づいている。
周りに、穏やかならない雰囲気をちらつかせながら、何者かが潜んでいるのだ。それも、一人、二人ではない。
当たり前というと当たり前だ。今日は、あの凶行を起こした男に会いに、あてもなく街をさまよっていたのである。あてはないけれども、シャーとジャッキールが揃って、そういう不穏な目的で街を歩けば、相手の方から寄ってくる。何しろ、相手には、心当たりがあるものだから。
「気持ち悪いな、ジャッキール。……言いたいことがあるなら早く言え」
シャーは、やれやれとばかりに声をかけた。
「そういう風に横でにやつかれてると、不気味でたまらないぜ。大体、オレとアンタがお友達に見えちゃうだろ。オレはアンタみたいな、アブねえ友達はいらないんだから」
「貴様こそ気づいているなら、率直に言え」
憮然と一度言ってからジャッキールは、含み笑いを浮かべ、ちらりと背後に目をやった。
「……どうやら、あちらの方が俺達に用があるらしい」
「こっちにはないんだけどな。また、なかなか数がいるじゃない」
シャーは、うっとうしそうな声で言った。
「で、どうする? 逃がしてくれるとありがたいんだけれども」
「どうするだと? 我々に選択の余地などあるものか」
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