ゼダは、軽くシーリーンをゆすり起こすが、彼女はぐったりとしたまま、ゆらゆらと揺られるがままになっている。気絶してしまったのか、返事をする気配がない。息が荒いのは、走ってきたからだけではなさそうだった。真っ青な顔に、健康的でない赤みがさしている。ゼダは、そっと額に触れて、顔色を変えた。
「まずい。熱が上がってきてるんじゃねえか」
 大体、どうしてシーリーンがこんなところにいるのだろう。ゼダは、そう疑問に思ったが、それを解決するどころではなかった。
「なんだかしらねえが、とにかく、はやいところ、休ませねえと」
 ゼダは、そのままシーリーンを抱き上げて立ち上がった。と、向こうの方で足音がする。ゼダは、彼女を抱えたまま、そちらのほうに視線を向けた。黒い闇から二人の男の姿が見えた。
 男たちは、ゼダと、彼が抱えている娘をみたが、特に反応はない。ただ、どちらかというとゼダとシーリーンの様子を好奇の目でみたといったところだった。
「へえ、てめえら、この前ちらっと見かけたな」
 ゼダは、にやりとする。彼の視線に射られて、男たちはびくりとした。
「な、なんだ。お前は……」
「なんだ? おいおい、昨日、オレもあそこにいたんじゃねえか」
 ゼダは、少し目を細めるようにしていった。
「おめえらが、あの黒い丈夫なアブねえ野郎をおいつめた時によ」
「あ! お前は!」
 ようやく思い出したのか、男たちはすぐに腰の剣を抜く。ゼダは、シーリーンを左手中心に抱えるようにしながら、唇だけ不自然に笑わせる。
「二人っきりとは不運だな。でも、おめえらがうろついているってことは、今夜はカディン殿はどうやらちったあ本気みてえだな」
「な、何言ってる」
 男たちは、不気味そうにゼダを見やるが、すぐに気分を切り替え、剣を握りなおした。
「へっ、ここで会ったのが運のつきだな。女を抱えていちゃあ、満足に戦えないぜ」
「そいつはどうかな……。おめえらの腕次第ってところだろう、よ」
 ゼダは、語尾を言い終わるか、終わらないかのうちに、さっとシーリーンを抱えたまま、短剣を抜いた。男たちが飛び掛ってくるが、その前にゼダは短剣を振るっていた。一瞬、男たちの動きが遅れたのが、不運だったかもしれない。ゼダの振るった短剣の柄でしたたか叩かれ、男の一人が伏せる。その間に、ゼダはそれほど動かず、反対側の男の剣をしたから弾き飛ばした。相方の男がやられたのを、ちょうど見てしまっていた男は、思わず防御が遅れたのだった。
 だが、二人とも、それが決定的な衝撃になったわけではない。さっと体勢を整え、後ろずさりながらゼダを見やる。
「今のは挨拶よ。……だが、どうしてもやるというのなら、短剣なんてチャチなもんはつかわねえ」
 ゼダは、短剣を指にはさんでちらちらさせながら、にやりとし、腰に下げてあるあの曲刀の柄を軽く叩いた。金属製の音が、きいんと甲高く響く。それが男たちには随分威圧的にきこえるのは、承知の上だった。
「で、お前たちどうする。本格的にやるのか?」
 低い声でゼダはきく。どちらかというとあどけない顔立ちに、大きな瞳が、これ以上ないほどの挑発の意図を含んで爛々と輝いていた。
「くそっ!」
 少しの後、男たちは、ようやく決めたのか、そのまま駆け出した。応援でも呼びにいったのかもしれない。それとも、今日はゼダなどにかまけていられない理由でもあるのか。ともあれ、どうせ、そんな援軍を待ってやったり、彼らの事情を考慮してやるほど、ゼダはお人よしではない。シーリーンも早く休ませなければならないし、彼らのことは捨て置くことにし、ゼダは闇に消える男たちから目をはずし、ぐったりとしているシーリーンのほうを見やった。
「シーリーンがここまで走るということは、……誰かにおわれていたんだろうが」
 ゼダは、短剣を直して、シーリーンを抱えなおしてつぶやいた。
「だが、あいつらは無反応だったな。……シーリーンを追いかけていたのは、別の人間だ」
 だとしたら、一体誰だろうか。ゼダが、目を細めたとき、不意に下のほうでうめき声がした。そちらを見ると、ちょうど、シーリーンが大きな目をかすかに開くところだった。
「ゼ、ゼダさま……」
 驚いたように瞳を見開き、シーリーンはかすれた声で言った。ゼダは、にっと笑った。
「まったく、無茶をするぜ。お前は、あまり走ったりしちゃいけねえんだから。もうちょっと養生してからな」
「ご、ごめんなさい。ゼダ様……」
「謝ることはないぜ。いいんだよ。……でも、早く戻ってやすまねえとな」
「でも……」
「でも?」
 シーリーンが、やけに心配そうなので、ゼダは眉をひそめて聞いた。
「何か心配なことがあるのかい?」
「……あの人が……」
「あの人……」


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