「そ、それは確かにそう……だが……。俺がいきなり酒場に見に行くと、よからぬ噂がたちそうで……迷惑が……」
表情にはそれほどでないのだが、なぜか傍目からみると、いっそのこと哀れになるような気配を漂わせつつ、ジャッキールはいった。
「それじゃ、あんたがリーフィちゃんを探した方がいいわけだ」
「な、なぜそうなる! 貴様が……」
「あ、いいの。あのねえ、よく考えてよ、ジャキジャキ。リーフィちゃんをオレが探しにいったほうが危なくない? オレの性格わかってるんでしょ?」
シャーは、途端、にんまりとにやつきながら、そんなことを言ってみる。そうすると、ジャッキールはにわかに慌てだした。
「き、貴様! まさか……」
「ほらほら、オレのこと信用してない。だったら、自分で行けばいいでしょ」
「それはそうかもしれないが……」
あのねえ、と、シャーは、改めて言い直す。
「怪我してるアンタを邪魔もの扱いして、アンタの自尊心を傷つけようという目的はないわけ。ね、わかる。オレだって、あんたがいってくれた方がありがたいわけ。強いし、まあ、絶対、リーフィちゃんに変なことしないとおもうし、誘惑なんてもってのほかだし」
これは本心だ。ネズミならともかく、ジャッキールは、絶対に口説いたりもしない。
「信頼はできると思ってるわけよ」
「う……う、む……」
そう持ち上げられて、ジャッキールは、困惑気味にうなずく。
「ということなのよ。わかる。そりゃあ、アンタの自尊心的にどうかだけど、自尊心より恩人の命のが大事でしょ? というか、そういうちっぽけなことで、迷うなんて男として失格だよね」
「そ、それはそうだ……」
ジャッキールは腕を組み、そして、なにやら考えていたが、やがて意を決したように顔をあげた。
「わかった。よ、よかろう。俺が見に行くことにする」
(動揺しながら、いう台詞かよ)
言いくるめられているのが、自分でもわかっているのかもしれない。
「よし、まあ、じゃあそういうことで」
シャーは話を打ち切り、ジャッキールに手を振った。
「それじゃあ、お願いね」
「う、うむ」
ひとまず、これでいろんな気がかりはかわせるわけだ。リーフィが酒場にいればいればで、きっとジャッキールについて戻ってくるだろうし、女性が一緒なら、ジャッキールもそんな無茶なことはできない筈だ。
「ああ、そうそう」
シャーは、まだ少々納得できていないような顔をしているジャッキールに声をかけた。
「今回助けた分と、前回助けた分で、これで貸しが二度ってわけだ。後で利子つけて返してね」
「う……」
悪く言えば恩の押し売りではあるのだが、押し売られていることにも気づく余裕がないジャッキールにとっては返さなければならない重い債務である。ジャッキールが、苦しげにうなっているのをにやつきながら見たシャーは、刀の鯉口をぱちりと切った。
「一応言っておくが、リーフィちゃんと会う前に血のにおいはつけるなよ。さすがに、酒場に入るんだからな!」
「そんなことぐらい心得ている! ……俺でもそれぐらいの分別はある」
ジャッキールが不服そうにそういい捨てるのをきいて、シャーはにやりとした。どうやら、例の熱病からは醒めたらしい。こういうジャッキールなら、ひとまずは安全だ。
「へえ、そうかい。よくわかった!」
シャーは、そう答えざまに、剣を抜いて、そのままサンダルの足で地面を蹴った。たん、という軽くて歯切れのいい音を合図のように、前に飛び込む青い衣と、身を翻す黒い人影が正反対の方向に進んだ。
反対側に駆け出したジャッキールの黒い服はすぐに闇にまぎれるが、シャーの青さは月の赤い光に照らされて、なお、鮮明な青を夜の闇に映し、彼らの目を引いた。彼らにはシャーの存在がすぐにわかったはずだ。カディンが言う、特殊な剣をもった男として。
「やれ!」
背後にもいるのだろうが、目に映る分の目の前の男たちがざああっと散開する。シャーは、青ざめて光る瞳でそれを認めた。
「オレもちょっとは影響される性質だからな」
ジャッキールは、すでに背後の闇に消えている。先ほど一度、軽い悲鳴が上がっていたが、あれは斬ったのではないだろう。ジャッキールもその辺は考えているらしいのだ。
「あのイカレたダンナまでとはいかねえが、今日は、ちょっとは手荒めかもしれないぜ!」
シャーは、そういい捨てると、駆け寄ってきた一人目の懐に飛び込みながら横なぎに、剣ごと叩き伏せた。
――わからない。わからない。
彼は、ぽつりと呟いた。目の前を女が走る。それを追いながら、彼はひたすらに呟くのだ。
――わからない。
――最後のひとかけらだけがわからない。
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