「まぁ、焦りなさんな。オレがみたのは、若い男だったよ。カディンと一緒にしゃべってやがった雰囲気からして、カディンとは組んでるみたいだったがな」
「組んでる?」
シャーが聞き返すと、ゼダは、ああといって手を袖の中に引っ込める。
「おうよ。……剣を渡してくれるどうのこうの、と話してやがったのさ。だから、少なくとも、カディンは、この一連の辻斬り騒動の鍵を掴んではいるのさ。でも、自分の利益と重なるから、そいつと組んでるってとこだろうよ」
ゼダがそういうと、シャーは、うーむ、とうなった。
「なるほどね。一応訊いておくが、そいつ、でかい大男で声のでかいやつじゃないよな」
「そいつは違うね。俺の感じじゃ、随分丁寧な、すらりとした男だったよ。あんまり剣を握っているのが似合う感じでもねえ、ほっそりとした感じのさ」
「丁寧な男、ねえ……」
シャーは、思うところがあったのか、腕組みして黙ってしまった。昼間、ジャッキールが言った言葉を思い出したのかもしれない。
「オレが知ってるのはそれぐらいだな。それより……」
ゼダは、そう話をきって、不意にいたずらっぽい笑みを浮かべて、シャーの背後にいるジャッキールを指差した。
「なんだ。後ろに、えらくおもしれえのをつれてるじゃねえか」
「アレか」
シャーは、途端冷たい言い方になった。
「あれは勝手についてきただけだ。むしろ、オレは迷惑してるんだけどなあ。あのダンナ、やることが派手なんだよ」
そのころになって、ようやくリーフィの言葉の衝撃からわれに返ったらしい、ジャッキールが、はっと顔を上げていた。ようやく周りの状況に気づいたのか、ゼダのほうを見る。
「む、貴様は昨日の……」
ゼダのほうは、にんまりと笑い、からかうような顔になった。昨日こっぴどく追い詰められたことに対する恨みはあまりないようだった。もしかしたら、目の前にある面白いことにちょっかいを出すことの方がゼダにはよほど大切なのかもしれない。
「あの時はお世話様だったな。大分手ひどくやられたみたいじゃねえの。やつらにうわさされてたのは、やっぱりあんただったってえわけ」
「ふん……。どうせろくなうわさでもないのだろうが」
ジャッキールは、そう不機嫌そうにはき捨てる。
「さすがに、よくわかってるじゃねえか。あんたに指摘された宿題は、今度やりあうまでに解消しておくぜ」
ゼダは、にやりと笑いながら、手を振った。
「それじゃあ、三白眼。明日の朝に、死体で転がってねえようにな」
「なんだ? てめえ、どこいくんだよ」
すでに、すたすた歩き始めているゼダを怪訝にみつめ、シャーはそう訊いてみる。ネズミのことだ、ただ情報だけ置いていくとは思えない。どちらかというと、犯人がわかった今、自分から積極的に手を出しに来ると思ったのだが。
「ふ、捕り物見物は後の楽しみよ。オレはちょいといくところがあるんだよ」
ゼダはそういって意味ありげににやりとした。
「どこぞにしけこむつもりかよ?」
「さぁ〜なぁ〜。お前にゃあわかんねえ世界さ」
「なんだと! てめえ!!」
勝ち誇ったような笑みをみせ、立ち去っていくゼダは、シャーの怒鳴り声などものともしていなかった。シャーは忌々しげに舌打ちする。
「チッ、軟派なやつめ」
「……貴様、人のことが言えるのか?」
ジャッキールがそれを聞きとがめたのか、横から口を出してきた。思わず、シャーはうっと詰まって、黙り込む。ジャッキールは、その間に、何か気づいたことがあるのか、眉をひそめた。
「……そういえば、貴様、リーフィ殿を一人でいかせてよかったのか?」
「大丈夫だよ。店まですぐだし。リーフィちゃんだって、そんなに心配されても気を使うでしょ。その辺考えろよなあ」
先ほど、不覚にもつっこまれたうらみも手伝って、シャーの言い方は突き放すような言い方だ。
「お、俺は、ただ、こういう事情があるから、もしかしたら、と思っただけだ。用心には用心を重ねたほうが……」
「自分は、無茶するくせに、他人事になると急に慎重になるんだな」
シャーは、やれやれとため息をつく。
「まあ、一通り様子みてから、リーフィちゃんとこの酒場も一度寄ればいいでしょ。ネズミの行く先も気になるし」
シャーは、そういって両手を頭の後ろで組んだ。ぶらぶらとサンダルの足で歩き始める街の砂は、湿気などないのに、妙に重く感じられた。軽い会話をかわしながらも、まとわりつくような闇の空気は、払えないものがあった。
冷たく冴え冴えとした満月を見上げながら、シーリーンは、久しぶりの外の世界を感じていた。風が冷たいので、かけられたケープを抱え込むようにしながらも、彼女の瞳はきらめいているようだった。
「しかし、よいのですか。他の連中を一緒にとも思ったのですが……」
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