「あのね、こっちのダンナが、リーフィちゃんが心配でたまんないから、オレたちと外にでるのをやめないかって」
「まあ」
「あ、いや……。私は……、いや……」
 視線を向けられ、ジャッキールは冷や汗をかきながら咄嗟に答える。一度咳払いをして、呼吸を整えてからジャッキールは言った。
「いや、その、……この一件にかかわっている男は、相当危険だ。私と違う意味で見境のない男だから、リーフィ殿に何かあったら」
(なあにが、私だ。……一気に一人称まで変わりやがる)
 シャーが心の中で毒づく。リーフィは、薄く微笑んで答える。
「ありがとう。でも、私は大丈夫よ。あなたたたちをしばらく送ってから、お店のほうで待っているわ」
「いや、それでも、もしかしたら……」
 それに、とすかさず、リーフィが、ジャッキールの言葉に先回りした。
「それに、怪我をしたら、誰か手当てをする人も必要でしょう? だったら、私も家にいるより、外に出ていたほうがいいと思うのよ」
「そ、それは……」
(おっさん、ものすごい勢いでリーフィちゃんに言いくるめられてる)
 ゼダが相手だと安心できないが、ジャッキールが相手だと安心して観察できる気がする。さすがにジャッキールには負けないだろうという、根拠のない自信のようなものがあるせいもあるのだが、見ていると、なんだかかわいそうになってきた。
(いじめられてるみたいに見えてきた)
 もちろん、リーフィには悪気など一切ないのだろうが。
 そういっているうちに、リーフィは店の方への曲がり角にさしかかった。リーフィはそこで足を止める。
「それじゃあ、私は、先にお店にいっているわね。なにか、動きがあったら見に行くかもしれないけれど」
「大丈夫。結構暗いけど」
 シャーは、先のほうを見た。店まではすぐそこなので大丈夫とは思うのだが。
「大丈夫よ。あなたもね。……それから、ジャッキールさん」
 いきなり名指しされて驚くジャッキールに、リーフィは無表情に言った。だが、その無表情がジャッキールにどう見えたかは定かではない。
「あなたは怪我をしているんだから、本当に無理をしてはだめよ。命を粗末にしないでね」
「……」
 一見、ジャッキールの無言は、リーフィの言うことに同意できないから、というもののように見えるのだが、シャーにはすぐに真相がわかっていた。ジャッキールのやつ、思わぬ言葉をかけられて、思わず固まってしまったのだ。
「それじゃあね」
 もとより、同意の言葉を期待していなかったのだろう。リーフィは、別に怪しみもせずにそういってきびすを返した。
「はーい。それじゃ、また後で!」
 いまだ反応がないジャッキールをほうっておいて、シャーはそういって手を振った。リーフィは、それに軽く手を振ると、そのまま暗い道を歩いていく。
「本当にいいコだなあ。ジャキジャキみたいな外道に情けをかけるなんて……」
 シャーは、その後姿を見ながらポツリといった。
「ああ、まったくだなあ」
「そうそう、まったく……」
 と、後ろから合いの手をうってきた声に同意しかけて、シャーはひくっと眉を引きつらせた。この声は、間違いない。
「……てめえ、ネズミ!」
 思わず、鞘ごと抜いた剣を振り回すが、背後にいたゼダは、あっさりとそれをよけた。ゼダは、この前とは少々違うが、どちらにしろ派手な赤い上着を、例のごとく肩からふわりとかけていた。妙にうまく着こなしているあたりが、ゼダらしいが、シャーには上着のことなどどうでもいい。
「よう、昨日ぶりだな、三白眼」
 にたりと笑ったゼダの顔は、例のごとく、その善良そうな容貌とは不似合いに歪んでいる。昨日、一人だけすらっと逃げたゼダは、悪びれた様子はない。それがさらに、シャーをいらいらさせた。
「て、てめえ! よくも昨日は、オレを出し抜いて逃げやがってっ!」
 怒り心頭のシャーに、ゼダはにやにやしながら手を振った。
「へっへっへ。まあ、そういうな。怪我の功名だろ。その間に、オレがすばらしい情報を仕入れてきてやったんだからよ」
「てめえのくだらねえ情報などいるもんか」
 シャーはむきになってそういうが、ゼダのほうは、シャーがそういう態度をとってくることは予想済みなので、余計に面白そうにするばかりである。
「まあ、そういうなってよ。オレは、この一件の重大な秘密を知ってるんだぜ」
「どうせ、くだらねえ何かなんだろ」
「……失礼な。そんなくだらねえものを、オレがわざわざ持ってくるものかい」
 ゼダは、あごをなでやりながらにんまりと笑った。
「オレは、下手人かもしれねえ男をみたんだよ」
「何!」
「とはいっても、面をみたわけじゃあねえぜ。さすがに暗かったからな」
 ゼダはからからと笑いながらそんなことを言う。
「前置きはいいから、ちゃんと言えよ」


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