「この犯人ってえのは、……多分、普段は真剣を振るう機会のないやつだ。おまけに……、どちらかというと……」
「ちょっと待て……。あんたのいうことを、総合して考えると、つまり……」
ハダートはあごをなでやりながら、顔をわずかにしかめた。そこにはまるで考えがいかなかった。てっきり、この事件の目的は、人を斬る事にあるとおもっていたのだから。
「ああ、使う側の人間じゃない」
メハルは、ぽつりと、しかし、確信を秘めた声ではっきりといった。
宵の口の王都は、ぐっと気温が下がり、空気がひんやりとしていて、昼間とはまるで別の顔を見せている。昨日、また一人切られたばかりで、さすがに人気はない。おそらく、昨日は、ジャッキールが暴れていたので、公にはされていなくても、その気配を感じ取って静かにしているものもいるだろう。
太陽が沈んだ真逆の地平線から、上り始めたばかりのどこか歪に円い月が、金色の不気味な光を、そろそろと地上に降ろし始めたころである。やはり、満月は違う。星が息を潜めるような夜だ。王都の闇が、ほんの少し明るく、夜歩きしやすくなったはずなのに、奇妙な心のざわつきが足のそこのほうからじんじんと感じられる晩なのだ。
けれども、そういう空気とは別に、シャーは、人気のなさを少々ありがたくも思っていた。なにせ、今日の道行きはあまりに妙なのだ。
シャー一人歩いていても、妙な雰囲気があるのに、リーフィが先にたって歩き、その後ろからはジャッキールが歩いている。こういう男女三人組のとりあわせは、ちょっとないだろう。百鬼夜行には数がすくないが、あんまり人間らしい雰囲気の取り合わせでもない、とシャーは我ながら思っていた。
ジャッキールは、というと、いつもは肩に背負っているフェブリスを腰に下げていた。右手で剣を抜く以上、左肩に剣を背負わなければならないので、今のジャッキールにはそれがきついのだろう。
例のチュニックに、上にいつものとは違う黒マントを羽織った姿は、いつもの姿よりずいぶん軽装だ。常に重々しい雰囲気のあるジャッキールにしては、珍しくさわやか……とまでは言いがたいが、それでも、まだ涼しげな格好になっていた。しかし、昨日の今日で、おまけに鎖帷子も着ていない軽装だから、一撃深い傷を負えば助からない服装でもあるのかもしれない。
だが、そういうことはジャッキールにはどうでもいいのだろう。命が惜しければ、片腕が使えない状態で出てきたりしないものだ。
そういうジャッキールは、今、自分のことより、気がかりなことがあるらしく、妙にそわそわしていた。
「アズラーッド」
小声で、そう何度か呼ばれ、うっとうしそうにシャーは振り返った。
「さっきから、何なのよ」
「どういうことだ、アズラーッド」
「何度も何度も人の昔のあだ名で呼ぶあんたのほうがどういうこと、だろ?」
「話をきけ。なぜ、リーフィ殿が一緒にいるのだ」
シャーのやれやれというような態度など気にも留めず、ジャッキールは目の前をいくリーフィを見やった。昨日とは違う派手な服ではないが、どこか艶やかな印象の彼女は、すたすたと気にした風もなく歩いていく。
「どうしてって、ついてきたからいるんでしょ」
「危険ではないのか」
「危険だからって説得して引き下がるコじゃないの。危ないと思ったら、自分で引き下がる頭のいいコなんだから、今のところ大丈夫だよ」
シャーは、今まで散々説得して綺麗にに反論を封じられてきたことを思い出す。リーフィは、下がるところは下がるから、別に戦いの上でもそんなに邪魔になる娘でもない。なので、シャーもそろそろ説得などあきらめてきていた。一応、一度ぐらいは、危ないよ、と止めはするが。
「しかし」
「しかしもかかしも、……別にオレたちがばたばたしているところには、飛び込んでこないと思うよ。酒場にいって待ってるっていってたし」
「それでも、危険だろう。われわれと関係があるのは、カディンにもわかっているはずだ。どこの酒場に勤めているかぐらい、すぐに調べればわかることなのだぞ」
ジャッキールは、眉をよせながらいった。シャーは、髪の毛をかきやりながら答える。
「心配性だな、あんたは。大丈夫だよ。じゃあ、本人にきいてみたら?」
「そ、それは……」
ジャッキールが、視線をそらす間に、シャーは声を上げた。
「ねえ、リーフィちゃん」
声をかけられ、リーフィはこちらに振り返る。
「どうしたの?」
途端、ジャッキールは、びくりとして閉口してしまった。先ほどシャーにしつこく呼びかけたのも、リーフィ本人に、どうしてついてきているのか、と聞けなかったからだ。その様子にあきれかえりながら、シャーはリーフィに言った。
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