「……アレは、まともな人間が持つシロモノではない。いや、まともでない人間が持ってはならないといったほうがいいか」
「へえ、でも、なんで握れたのに持ってこなかったんだ? ちょっと怖気づいたのか?」
 シャーが、ちょっとだけ皮肉っぽくいいやるが、ジャッキールは今回は別に怒りを見せない。
「ふ、そういうわけではないがな」
 ジャッキールは、にやりとした。
「俺にはあの剣が性にあわなかった。正直に言えば、それだけのことだ」
「性に合わない? ああいう血みどろの剣のがすきじゃないのか?」
 馬鹿な、と、ジャッキールは、わずかに嘲笑めいた笑みを口元に刻んだ。
「俺がアレを持つとどういうことになるかぐらいわかるだろう。……自分の身をわけもなく滅ぼすような真似はせん。さして生きたいわけではないが、理由なく死ぬ道理はない。死ぬならそれ相応の理由がなければな」
「生きていることに理由なんか求めてない奴が、死ぬのには理由がいるのかい?」
「……生きることに理由がないから、死ぬことには理由を求めるのだ。貴様にはわかるはずだが」
 ジャッキールに言われて、シャーは黙る。彼は目を伏せるようにして、続けた。
「あの剣は、俺にとって命を賭けるほどの価値がなかったというだけだ」
 ジャッキールは、そこで少し考えるようにして言い直した。
「いや、厳密に言うと、アレを握って得られる楽しみより、危険の方が高かったからだな。今の俺にはそこまで堕ちるつもりはなかっただけだ。それに、第一、……貴様もわかっているだろう。……俺がアレの持ち主ならば、この程度の惨劇ではすまなかったかもしれんぞ」
「そりゃそうだろうな」
 シャーが忌々しげに頷く。正直、剣に操られたようなジャッキールなど、シャーでも相手にしきれない。普段でジャッキールはこれなのだから、これ以上見境がなくなると手がつけられない。
 と、ふと何にきづいたのか、ジャッキールは、ああ、といって、シャーの方に素早く目をうつした。
「そう、この機会に言っておいてやるが……」
 ジャッキールは青白く笑みながら言った。
「貴様はもう少し自分を大切にした方がよい。まさか、俺のように自分から奈落に飛び込むつもりではあるまい?」
シャーは意味がわからないといいたげに不服そうな顔をした。
「オレはアンタほど無謀じゃねえよ」
 だから、そういう心配は無用、とシャーは言いたそうだったが、ジャッキールの顔は妙に涼しげだった。突っ込まれると焦るジャッキールの落ち着きぶりに、シャーはジャッキールがなにかしら確信して話を持ってきていることにきづいた。
「そうではない。貴様、一応は身を大切にしているが、その動機が自分以外のためだろう?」
 ジャッキールはシャーの表情を盗み見て続ける。シャーは無表情を装いながら唇をひきつらせていた。
「俺が貴様を同類項だといったのには、はっきり理由があるのだ。貴様自身、ほとんど執着がないだろう、自分の命に。とりあえず、身は大切にはしているが、それは自分がかわいいからというわけではない。違うか」
「……別に。オレは十分身勝手だし、自分の好きなようにやってるよ」
「だが、貴様がある一定以上の無茶をしなくなったのは、他人のためだろう。貴様が死ねば、貴様の周りのものが困る、それが理由だ」
 シャーは今度は答えない。
「捨てられないものがある奴というのはそれなりに幸福だ。だが、貴様のように、自分に対してだけ淡白なのは、何もない俺よりも危ないかもしれんな。正気でいたいなら少しは執着できるものでも考えておけ」
「……アンタに説教されるとはな」
シャーはすぐさま苦笑を顔に浮かべると溜息をついた。
「ふん、余計なお世話だよ。今のところ、そういう気にはならねえし」
 そうだろうな、と、妙にわかった口をきくジャッキールは、ふと一言付け加えた。
「まぁ、貴様はあの娘が側にいる間は大丈夫かもしれんがな」
「え?」
 シャーは、不意を突かれてきょとんとした。このお固いジャッキールが平然と話せることだから、恋愛がらみの話ではありえない。リーフィの持っている何かのおかげで大丈夫かもしれないといっているのだ。一体何を考えてそんなことをいったのか。
「どういう意味だ?」
「わからなければわからないでいい」
 ジャッキールは、珍しく、多少意地悪っぽい笑みを浮かべた。
「……そのうち、貴様にもわかる時がある」
 シャーが、何か言い募ろうとしたとき、不意に軽い足音が聞こえた。なにやら洗濯でも終えたらしいリーフィが部屋に戻ってきていた。リーフィは、ちょっと笑ってみせる。
「あら、今から、もう切り込むみたいな格好しているけれども、あなた達、随分張り切ってるのね」
「い、いやあ、オレはそうじゃあないんだけどねえ。こっちのダンナが……」


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