(一つ間違えると、何が起こるかわからないので、やはり、もっと他の大人しい方々とお友達になってもらいたいのだがな)
そうなれば、このゼダの酔狂な趣味もおさまって、普通に富豪の息子として暮らしてくれるかもしれないが、ゼダの様子を見ていると、どうもそれは無理そうだ。
「どうなされたのですか? ザフさん。ゼダ様は?」
考え込んでいる様子のザフを不審に思ったのか、シーリーンが心配そうに眉をひそめて聞いてきた。黙っている彼に、ゼダになにかあったのかと思ったのだろうか。
「あ、いえ、大丈夫ですよ。他の考え事をしていたのです。坊ちゃんなら大丈夫なので、ご安心ください」
「そうですか。よかった……」
ほっと、優しく息をつくシーリーンを見て、ザフは、内心ため息をつく。
(坊ちゃんは、どうおもっているのか知らないが、坊ちゃんには、本来こういう娘が必要だと思うんだがなあ)
けれども、それは、主人が決めることだ。進言ぐらいはできるが、それでも、ザフが口出ししていい範囲の問題ではないのだろう。
「ああ、そうだ。シーリーン様」
シーリーンは、ちらりと振り返る。髪飾りがしゃらりと甲高く鳴った。
「どうですか。今日は少々外にお出になっては。私と他数人がお側についてお世話をいたしますし、もしかしたら坊ちゃんにも会えるかもしれません」
「え、しかし、よいのですか」
「ええ。たまには、外をみるのもいいとお医者様にも坊ちゃんにも言われております。しかし、このところ物騒でございますから、ほんの少し、安全な道を少しだけということになりますが」
シーリーンは、目を輝かせた。
「では、夜ではいけませんか?」
「はあ、夜……。なるべく夜風は避けた方が……」
といいかけて、ザフは、彼女の意図がわかった。ゼダに会いたいのだ。ゼダは、昼間はどこにいるかわからない。夜の方が活動しているのでそれだろう。
「ほんの少しのお時間ですが、それでよろしければ……」
「お願いします。ザフさん。ありがとう……」
シーリーンはそういうと、ふっと頬を緩めて微笑む。その瞳は、一抹の希望を抱いて、ほんの少し、いつもより輝きを帯びていた。ザフは、こういう嬉しそうな顔のシーリーンを久しぶりに見た気がした。
まだ夜には遠い。
シャーは、ぼんやりとリーフィの部屋に座っていた。酒場に遊びに行ってもいいのだが、隣にジャッキールがいるので、リーフィと彼を二人っきりにするのも、ちょっと気に掛かる。そんなわけで、シャーは、朝から昨夜同様妙な生活を送っていた。
ジャッキールは、というと、昨日の今日で怪我が治るわけもないのだが、それでも休んだ分、元気そうなので大したものだと思う。そうといっても、左肩を何かとかばっている様子なので、とても、剣を両手では握れないと思うのだが。
「で」
シャーは、奇妙な沈黙を破って、声をあげた。ジャッキールは、それに気付いて彼の方をちらりと振り向く。
「アンタ、まだ来るわけ? 夜、ついてくる気でしょ」
「貴様だけには任せていられんだろうが」
ジャッキールは、即答する。
「貴様も今夜に目星をつけたのではないのか。昼間は、「やつ」は現れない」
「そりゃそうさ。悪いことをやるには、夜が一番だからね。でも、大丈夫? 足手まといになるんじゃないの? 左腕つかえないでしょ、今」
シャーはそういって、未だに三角巾でつるしたままの左腕を見やる。もちろん、肩からの包帯もまだ取れない状態だ。
「状況に応じた戦い方というものもある。使えなければ、使わない戦い方をすればいい」
ジャッキールは、涼しげにそういった。
「ああ、そう」
(まあいいか。後学のためにはいいだろうさ)
とりあえず、そういうところではジャッキールのほうがかなり先輩だ。何かのためにはなるかもしれない。
と、ここまで話して、シャーは、ふと顎をなでた。
妙に何か違和感があると思っていたが、ようやくその根源がわかった。戦闘時以外にジャッキールと今まで話したことがなかった。普段から多少危険な雰囲気は漂わせているが、普段のジャッキールは、どこか物静かなところがある。無口というわけではないが、口数の少ない暗い男といった印象だ。さすがに、戦闘中はテンションが裏返っているといっても過言でないが、普段は結構冷静に話ができるタイプではあるらしい。
「今日は満月だったな」
ジャッキールが静かに言った。
「満月の夜は、アレは黙ってはいられなくなる。……今夜は、いつもの比ではないぞ」
「いつもの比じゃない? どういう意味だよ」
「……今夜は一人二人斬っただけでは、満足できないという意味だ」
「へぇ、よくわかるな」
「俺はあの剣を握ったからな」
ジャッキールは、薄く笑った。
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