強いて言うなら、あの涼しげな目に見られると、妙に冷静になれるからだろうか。と、適当な言葉をつけてみたが、シャーにもいまいちよくわからない。ただ、恋愛の情などとは全く別のところで、リーフィは他の女の子と少々違うところがある気がするのだ。もしかしたら、そういうところがシャーにとっても、居心地がいいのかもしれないし、いまいちアプローチしきれない原因なのかもしれない。
「そういえば、あなた達、昔は敵同士だったんでしょ?」
突然、話を変えてリーフィは、くすりと微笑んだ。
「え、何でしってんの? アイツが話したの?」
「いいえ、何となくそう思ったの。でも、それなのに、意外に仲がいいのね」
「ええっ! いや、仲がいいんじゃないのよ、オレは認めるところは認めてやってるだけで!」
そういう友達みたいな言われ方をしても困る。シャーは慌てて首を振った。
「いや、ほら、なんつーか……」
「あなたも変なところで意地っ張りね」
リーフィはゼダのことも合わせてそういっているのかもしれないが、それにしてもよりによってジャッキールとお友達とは。
(自分が言うのは平気なんだけど、リーフィちゃんの口からアレと同類扱いだけはやめて欲しい)
シャーは、ほんの少しだけ不機嫌な顔になっていた。
リーフィが自分の寝室にいってしまい、シャーは玄関に近いほうで見張りを兼ねて、眠ることになったのだが、その夜、シャーは妙な夢を見た。
今夜のように明るい月の夜、何故か誰もいない丘に石造りの建物が見える。見たことのない場所だったが、そこに黒髪の美しい女が一人立っていた。黒髪だが、その女は明らかに異国の女だった。どこか世離れした印象は、凛とした気品と妙な神々しさがあり、声をかけることはおろか、覗いているのも後ろめたい気持ちにさせるものだった。
大きな月が、不気味と美しさの狭間の世界を作り上げている。妙に不安をそそるくせに、しかし、妙に安堵する世界でもあった。
聞いたことのない言葉で歌いながら月を見上げるそれは、もしかしたら、ジャッキールの守護女神だったのか。
シャーがそんなことを考えるのは、夢から覚めて後である。
不穏な夜は、不穏なままに、しかし、奇妙な安定をたたえつつ更けていった。
朝の光がさらさらと入ってくる。
シーリーンは、早く目覚めて、窓を開けて外を見ていた。外に出られない彼女にとって、窓から外を眺めるのは、唯一外界に触れる機会だった。
弱弱しい印象の肌はまっしろで、少し青ざめていた。そっと窓の桟にもたれかかるのが危なげで、見ていると何となく不安になる様子だった。
「昨日は、なにやら騒ぎがあったそうですね」
シーリーンは、それこそ、小鳥のような、か細い可憐な声で言った。そうっと首をめぐらす彼女の視線の先に、端正な顔立ちの優男がいた。すらりとした二枚目の男は、少々派手ななりはしていたが、その動作は洗練されている。
商家の小間使いとしては申し分のない丁寧さを持っている青年だが、それでも、普段は随分と柄の悪い振る舞いをしていることも、彼女は知っていた。それが、彼の役目でもあるのだ。
「ええ、しかし、シーリーンさまが気になさるようなことではありません」
ザフは、笑顔を浮かべていった。
「なにか、怪我人が出たという噂をきいたのですが」
「ああ、ええ、そういう噂ですが。逃げる黒い人影を見たものがいるそうですね」
「恐いわ。ゼダ様は大丈夫かしら」
シーリーンはふと、眉をひそめてため息をついた。あれから、ゼダはここに姿を見せていない。別のところに遊びにいっていればよいが、ゼダのことだから、なにか危険なことをしていないかとおもうと、シーリーンは不安になる。
「坊ちゃんなら、大丈夫でございましょう。ああいう方でございますから」
とはいえ、そういうザフも、内心心配でたまらないところがあった。 シーリーンのところに遊びに来ていないということだが、ゼダは、ザフのところにも、この前から姿を現さないのである。
(坊ちゃんは、一体何をするかわからないからな)
シーリーンにため息をついたのを見られると心配される。ザフは、ため息はつかないようにして、心の中でそっと嘆息をついた。
(あの三白眼が関わっているんじゃないだろうな。坊ちゃんは、影響を受けやすいんだから、ああいう奴と関わると、いつも無理をなさるからなあ)
特に、シャーに関して言えば、あの青くて、どこかじっとりとした目が妙に気がかりになる。あれは、不吉な魔性の目のような気がするのだ。実際、一度は殺るか殺られるかまでいった二人なのに、ゼダは、あれから、妙にあの三白眼にちょっかいをかけにいくのである。
(話し相手としては、よいのかもしれないが)
ザフは、そう思って腕を組む。
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