だが、シャーの心配ははずれ、ジャッキールは目を覚ますそぶりもない。疲れているからかもしれないが、ジャッキールは、自分に敵意がない者には驚くほど鈍感なのかもしれない。
「人の気配というより、殺気に敏感なのな。じゃあ、オレは近寄るのはやめといたほうがいいかもしれないな。首飛ばされちゃかなわねえし」
「でも、座って眠らなくてもよかったのに」
リーフィがそういって首をかしげた。
「うーん、自分では寝てないつもりなんじゃないかな。アレな人だから、女の子の部屋で寝るのは、と思ったんじゃない。でも、体の方がいい加減限界がきてたんでしょ。精神力でカバーったって、限界ってもんがあるんだから。いい加減いい年なんだから、無理することないのに」
シャーは、ため息をつく。
「今まで口もきいてたし、ホント、不死身だな〜、このダンナ。あの傷の入り方からすると、しゃべっただけでも結構響いてたはずだけど。今までよくあれだけ喋れたもんだよ」
「そんなに痛いの?」
「オレが昔この辺やったときでも、結構死ぬかと思ったけど」
そういって、シャーは自分の胸の上のほうを親指で指差す。
「でも、正直、痛さでいうと、こっちの方が明らかに痛いと思うんだけどね。一応骨は折れてはないみたいだけど、傷は入ってるっぽいし。そういう無駄なまでの精神的強靭さには感嘆するね、ホント」
あきれたような口調でそういい、シャーはリーフィのほうを見た。
「でも、びっくりしなかった。アイツ、顔は悪くないけど、少なくとも、まともな人間には見えないと思うんだけれども」
「まあ。そういう言い方はよくないわ。確かに、最初はびっくりしたけれど。でも、彼は少なくとも、無差別に人を斬るような人じゃなさそうだったものね。さっき、レルにも会ってきたわ。やっぱり、あの人があの子を助けたみたい」
「なるほどね。話きいて、そうかもしれないとは思ったけれど、まさか……」
とはいえ、シャーにしてみても、ジャッキールが咄嗟に子供を守ったという事実は、随分と意外なことだった。まさか勝負を捨てるのを覚悟で、そこまでできるとは思わなかったのだ。彼に助けられたことのあるシャーでも、ジャッキールへの評価は、あくまで魔道に堕ちた剣士といったところだったのである。
「……まあ、意外というと意外だな。ちょっとだけ見直したかな」
シャーはため息をついて、リーフィの方を見た。
「ジャッキールの奴は、オレが知る限り、一番剣に魅入られたような男なんだけどね。今日みたいな月夜で、よくそれだけ冷静になれたもんだ」
ぱちりとリーフィは瞬きした。
「普通、一度キレると周りがよくわからなくなるから、味方も敵も構わず切り捨てたりするもんなんだが、リーフィちゃんもわかると思うけど、こういう月の夜はアブナイ奴が増えるのよ。月の光って、人間おかしくするのかなあ。でも、それでここまで自分を保ててるってことは、ジャッキールの奴、そういう意味でも天才かもね」
「どういうこと?」
リーフィが小首をかしげて訊いてきたので、シャーは彼女の方に向き直った。
「オレの剣の師匠が昔言ってたんだが、剣ってのは、人間が使うものなわけ。でも、時々剣に使われる奴が出て来るんだよ。戦場の興奮に酔って、とりあえず目の前にいる敵を全滅させようとしたりね。少々いきすぎちゃう」
シャーは、眠るジャッキールのほうをちらりと見ながら続けた。
「コイツなんて、戦い始めたら理性が飛んで、目先の戦いしか考えられなくなる奴なんだが、……その割りに、立場がある時はちゃんと周りの状況を見てるんだよ。その子供をかばったときもそうだと思うんだけど、理性が吹っ飛んでる状態から、何かあった時、一瞬で頭が冷えて、ちゃんと正しい判断ができるようになるんでしょ」
そうでなければ、いくらジャッキールの気位が高いとはいえ、必殺を狙った一撃を止められるはずがない。
「最近はそうでもないけど、……オレなんか、昔、一度いっちまうと見境つかないんで悩んでたことあるんだけどね。その辺の極意はちょっときいてみたいかな」
「そうなの……」
「まあね。でも、オレは、リーフィちゃんといる間は荒れないと思うよ」
「あら、どうして」
「なんだろうなあ。なんか、こう」
シャーは、自分で言い出したことながら、何故そんなことをいったのかわからずに首をかしげた。
「うーん、なんか、どうなんだろ。なんとなく」
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