は、と男達の方が先にメハルに気付いた。振り返った彼らは、いきなり切りかかってきた。メハルは、素早く彼らをかわし、壁際に身を寄せた。
「なんだ! お前達は!」
メハルは斬りかかってきた男達を軽く払い、剣を半分抜いた。見事な作りの剣がさっと光を放つ。それをみたせいなのか、それとも、メハルが役職についていることがわかったのか、彼らは一瞬戸惑った後、慌てて先ほど見ていた方向とは別の方向に逃げていく。追おうと思ったが、メハルは一瞬何かを認めて立ち止まった。先ほど彼らが見ていたものが目に入ったのである。
「チッ! 仕方ねえ」
メハルは、舌打ちして周りを見回した。ランプの光を近づけると、ゆれる炎に照らされた路面に、なにやら血痕が落ちている。先ほど襲ってきた連中の血ではないと思うのだが。
「さっきの奴ら、これを追ってきたのか?」
メハルは首をかしげた。そっとその血糊を追ってみるが、少しいったところで血痕は足で踏みにじられて消されていた。その向こうまで行くと、今度は水を撒かれたあとがあるのだが、メハルはそこまで歩かなかったのでそこには気付いていない。
「追ってる奴が怪我でもしてるのか?」
メハルは腰を上げて、周りの家々を見回した。もう少しいくと住宅街があるはずだ。たたき起こして、ちょっと尋ねて見るのもいいかもしれない。思わぬ事情を知るものがあらわれるかもしれないのだ。
深夜だが、職務熱心なメハルには、そんな相手の事情はどうでもよかった。メハルは早速、そちらに向かおうと足をすすめかけたが、
「どこにいくんだい?」
ふと、声が入ってきて、メハルは再び腰の剣に素早く手をかけた。相手は恐らく一人だ。闇に男の白い服が透けるように見えた。だが、はっきりとわかる気配は一人なのだが、何か違和感がある。正面からくるのは一人だが、その背後に気配を押し殺しているような者達が何人かいるのだ。
「まぁ、まちな。まずは話を聞いてくれ」
「何の話をきけだ? オレが誰だか知っているのか」
「知っているよ、メハルさんだろう」
男はそういって、月の光の下に姿を現した。白髪か、と思ったが、どうやら薄く銀の色が入っているらしい。切れ長の瞳の結構な二枚目だが、その上品な顔立ちと、先ほどの言葉遣いがどうも結びつかないところがあった。
「今は、都の警吏の隊長をしているとかいう」
男は、にやりとした。メハルは、警戒しながら聞いた。
「……あんた、誰だ?」
「まぁまぁ、俺が誰かってのは、そう大きな問題じゃあねえだろう」
男は、やけに崩れた言葉遣いでそういうと、彼は改めていった。
「メハルさんに、少々聞きたいことがあるんだ。ここのところ起きている例の通り魔のことだが。あんたがこれまででつかんでいる、情報の詳細を。少々、俺も色々調べていてね」
「今は調べの最中だ。犯人も捕まってねえのに、そんな勝手なことできるか?」
「あんたには、袖の下もあんまりきかなさそうだな」
男は苦笑した。
「それじゃあ、これならどうだ」
そういって、男が差し出したのは、一通の手紙のようだった。メハルは、怪訝そうに眉をひそめた。
「なんだ? 言っておくが、俺たちは陛下の直属だ。どこぞの貴族だか将軍だかの後ろ盾があるからって、言うことをきくとおもうか?」
「まあ、待ちな。……名前を見てからいってくれよ。差出人の」
そういわれて、メハルは、不服そうな顔のまま書状を開き、ランプを近づけて中を改めた。
「……こ、これは……」
と、メハルは顔色を変えた。
「あ、あんた、一体誰だ?」
独特の筆体で書かれた文字には、これ以上なく見覚えがあった。そこには最後にジートリュー将軍の花押が書かれていた。ジートリュー将軍というと、赤い髪の名門軍閥ジートリュー一族の、現惣領でもあるジェアバード=ジートリュー将軍である。
「アンタ、あいつの部下だったことがあるね。よしみでちょいと協力してくれよ」
男はにやりと笑った。その肩に、夜だというのに、真っ黒なカラスがとまっていた。
そっと毛布をかけてやっても、ジャッキールは目を覚まさなかった。椅子の背もたれにもたれかかるようにしているジャッキールだが、さすがに少々姿勢がずれてきていた。
前のめりにならなかったのは、傷に響くからかもしれない。だが、そういう状態でも、彼の手の届く範囲に剣がおかれている。旅の生活の長いジャッキールは、常に危険と隣り合わせの生活も長かったのだろう。
「眠っちゃったみたいね」
「意外だなー。リーフィちゃんが近づいたら、起きるかなとおもったけど」
シャーが近くにいるのは、剣を離していないジャッキールが、反射的にリーフィに切りかかってきたら容赦なく叩き斬るつもり、というのは、少々過激だが、ともあれ、そういうつもりでシャーは構えていた。
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