シャーは、何となく鬱陶しそうにいうが、そういっても、肝心のジャッキールのほうは、文句を返してこない。正直、入ってきたリーフィに慌ててそれどころでないらしい。 さっきからなにやら斜めに厭世的なことをいっていたり、笑いながら人を斬っていた男と同一人物とは思えない焦りようだ。シャーが、内心あきれていると、相変わらず気付いているのかいないのか、全く動じないリーフィが、シャーに声をかけてきた。
「そういえば、外にカラスが留まっていたわね。人に慣れているみたいだったけれど」
「え、カラス」
シャーは、思わず席を立つ。
「ええ、とても綺麗なカラスだったわ。誰かに飼われているのかしら」
シャーは、たっと立ち上がると、そのままリーフィの出てきた玄関の方を見た。扉を開けると、すぐさま、黒い影が飛び込んできた。
「おっとっと」
ばさばさと飛び込んできた鳥は、シャーの肩の辺りにとびかかる。いうまでもなく、シャーには、そのカラスの正体がよくわかっていた。黒光りする美しい滑らかな翼は、明らかに普通のカラスとは違う。飼われているからこその艶だ。
「おやおや、メーヴェンちゃんじゃない。遠路はるばるご苦労様で」
シャーが、そういって二の腕にメーヴェンをとまらせようとした。
「しかし、ハダートちゃんは、よくオレの潜んでいる先がわかったな……。なんか、後でもつけられてたのかねえ、油断ならないの」
シャーの疑問に答えることもなく、メーヴェンは彼の手に止まる。相変わらず、足に小さい筒がつけられていて、そこに何か紙片が入っているのだ。シャーはそっと筒をとろうとした。筒が手の中に入ったところで、いきなりメーヴェンが飛び立とうとした。まだ筒を取りきっていないシャーは慌てて押さえつけようとするが、カラスの羽ばたきは彼を邪魔する。
「いて! ちょ、ちょっと、おい」
シャーは、振りほどかれる形でメーヴェンを放す。そのまま、黒い鳥は、玄関を潜り抜けると、大空に飛び上がっていった。シャーは、かろうじて手に入れた筒を手の中で転がすと、そのまま中身を抜き出す。小さな紙片には、小さい文字が書かれていた。優美なわりに、妙に曲がったところがあるようなのは、ハダートの性格そっくりである。筆だけでなく、あのカラスもちょっとにているかもしれない。
「相変わらず、主人以外にはなつかねえでやんの。かわいくない」
シャーは、一応そう毒づいて、メーヴェンが運んできた紙切れを広げた。
「蝙蝠の使いだな。貴様、奴に調べさせていたのか」
全て読まないうちに、ジャッキールが声をかけてきた。
「ご明察。……まあ、あの人は、事情通だからしてねえ。ちょっとはこれでなにかわかればいいんだけれども」
そういって、紙切れの中に書かれた文字を読みながら、シャーはちらりとジャッキールのほうに目を走らせた。
「でも、どうやら、アンタには、この事件の犯人の目的がわかってるみたいだな。なあんか、落ち着いてるじゃないか」
「そういうわけではないが……。そうだな、貴様、やつ、が、純粋に人を斬りたいと思っているのなら、それは大きな間違いだ」
ジャッキールは、唇を薄くゆがめて笑った。
「やつ、は、俺たちと同種族に見えて、そうではない。相手は俺とは趣味が違う。アレの目的は、俺があの剣を使うのとは違うぞ」
「なんだい、そりゃあ」
「ただの俺の勘だ」
ジャッキールはそういいきり、ふと笑みを刻んだ。
「だが、これだけ言えば、貴様には大体予想がつくだろう。やつ、は、俺や貴様とは、根本的に感覚自体が違うのだ。剣に対しての、な」
シャーは、握っていた紙切れに目を素早く走らせ、やれやれとため息をついた。
「まあ、そうかも、しんないねえ」
リーフィは、この会話で何となく事情を察したのだろうか。彼女はくすりと微笑む。今回は、ジャッキールの勘がどうやら当たったらしい。
どさどさどさ、と音を立てて、書類が机からあふれる。それを投げやりにおさえながら、ハダートは頬杖をついていた。
「なるほど。大体の状況はわかったぜ。でも、まだ犯人はわかっちゃいねえとそういうことか」
「ああ。そうだ」
ハダートの前に立っている色黒の大男は憮然としていた。
「協力はありがたいんだが、もっと愛想のいい顔はできねえのかい。メハルさん」
「俺は将軍が協力してやってほしいというから、あんたに協力しているだけだ」
メハルは、そう無愛想に言う。思わずハダートは苦笑した。
「なるほどね。確かにジェアバードの部下だけはあるよ。……あいつの部下は、あいつみたいなやつばっかりで困るぜ」
「将軍は俺達の誇りだ。あんまり失礼なことを言うな」
「そりゃ、失礼しましたね」
メハルににらまれて、ハダートはため息をついた。
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