「では、もう一つ、貴様にもいっておくが、青い服の三白眼の男が、素晴らしい剣を持っていた。アレについてはどう思う」
「あれは素晴らしい剣でございましたな」
 ゼダは、む、と眉をひそめた。どうやら、今話している内容は、シャーのことについてらしい。
「あの下郎、私に向かって挑発までしてきおったのだ。……おまけに、このことについて、多少感づいている風でもある。……貴様にとっても悪くない話だと思うが」
「そうですな。……立ちふさがるようなら考えておきましょう」
 男はそう答えると、ふらりと立ち上がったようだった。
「それでは、私はひとまずコレで……。あの男の様子も知りたいところですしね」
「そうだな」
 カディンはそう頷いて、男を見送ろうとした。男はそのまま一礼すると、すたすたと歩き始めた。ちょうど影の部分に体が入って、顔が見えない。ゼダは、目をすがめてみたが、残念ながら男の顔は見えなかった。
「ああ、少し待て」
 カディンの引き止める声に、ゼダは、再び息を殺す。
「フェブリスは、無事で済むであろうな」
「何をご心配なされます、卿」
「いや、もし、剣を奪うのを目的だと、あの傭兵が悟ったら、わざと折ってしまわないかとおもってな」
「馬鹿なことをおっしゃいますな」
 男は、軽く嘲笑するように言った。
「あのジャッキールという男。そのような真似はおそらくできますまい」
「しかし……」
「あの男は、あの剣に心酔している。そのようなものを折るとは考えられません」
 それはそうかもしれない。カディンは、自分のことを振り返ってそう思った。そうして納得しかけたとき、ふと、男が笑って思いも寄らぬことを言った。
「ただ、剣の方も無事というわけにはすまないかもしれませんが」
「何だと?」
「アレは、ハルミッドが、あの男のために作ったような剣です。たった一人、持ち主のためにつくられた剣が、その持ち主の血を浴びる。そうした剣がどうなるか、私は知らないので、そう申したのです」
 かすかに月光で見える男の顔は、どうやら若いらしい。その口元が、どこか歪んでいる気がした。
「持ち主の血を浴びるだと?」
 カディンは妙な顔をした。今まで、欲しい剣をそのものを殺して奪ったこともある。だが、何も起こらなかったはずだ。目の前の男は、そんな迷信じみたことを本気で信じているのだろうか。
「いいえ、私が言っているのは、あの剣が、持ち主の命を絶った時のことをいっているのですよ」
「む、どういう意味か?」
「あの男、追い詰めれば、必ず自ら命を絶つ。それだけ気位が高いのです。剣を手放し、辱めを受けるぐらいなら死んだほうがましだという。流れの傭兵の癖に、そのくらい気位が高いのですよ」
 男はそこで一息切って、不気味に薄ら笑いを浮かべた。
「あの男は、死を覚悟した時、必ず自らに刃を向ける。そうして絶対にフェブリスを握ったまま死ぬのです。そういう男です、アレは」
「ああ、確かに……」
「つまり、フェブリスが、持ち主を喪った時に浴びる血は、あの傭兵の首から虹のようにふきだした赤い血になるはずなのです。あの剣は、自分の主人を自ら殺す、そういう呪われた運命にあるのですよ」
 思わずカディンは、息を飲んだ。男の語り口は、彼の目の前に、血にまみれ、剣を握ったまま倒れ行くジャッキールの最期を幻のように映したのかもしれない。或いは、思い浮かべたのは、それと同時に、持ち主の血を浴びて、涙のように血の雨を滴らす、美しい一本の魔剣の姿か。
 カディンの思考を読んだように、男はポツリと言った。
「……そうなったとき、あれはどれほどの魔剣になるのでしょうな……。それは私には想像つきかねるのです」
 そういったときの男の目は、どこかうっとりとしていた。カディンは返事をせず、どこか呆然としたような目で男を見ているばかりだった。
「それでは、卿。私はこのあたりで」
「あ、ああ」
 男に言われて、カディンはようやく返事をした。男は、再び一礼すると、きびすをかえして、今度はカディンに声をかけさせる暇もなく立ち去った。



 リーフィは、どこかから、仕立て直すのにもらったらしい黒の男物のチュニックをもってきて、ジャッキールに着替えさせた。サイズが危うく合わないかと思ったのだが、大きめに作っておいたらしいそれは、どうにか彼にも着られるものだったので、ジャッキールは一応安堵していた。なにせ、もし、これが着られなかったら、女物のショールをかけられたり、長いローブを上から着せられたりするはずだったので、ジャッキールとしては、危ない橋を一つ渡りきったような安堵感を覚えても仕方のない状況だったのである。


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