「先ほどは助かった。礼を言おう」
「いえ、それよりも」
リーフィは、少し眉をひそめた。
「あなた、ジャッキールでしょう?」
唐突にそういわれ、男は、明らかに警戒の色を顔に上らせた。リーフィは、表情も変えずに首を振る。
「安心して。誰も呼んだりしないわ。私はリーフィというの。この近くの酒場で働いているの」
不思議そうなジャッキールに、彼女は続けていった。
「あなたのことは、シャーから聞いていたわ。三白眼で少し不思議な雰囲気のひとよ。あなたも知っているでしょう?」
「シャー? ……ああ、アレのことか」
ジャッキールは、名前だけではぴんとこなかったようだが、三白眼ですぐにわかったのだろう。ようやく半分ほど納得したというような顔になった。リーフィは、その様子に、軽く頷いた。
「あなたとシャーは、昔戦ったことがあるのね?」
「……」
ジャッキールは、それには答えない。目をかえし、彼は質問した。
「しかし、では、何故俺を助けた? ……奴は、これは俺の所業だと思っていたのではないのか?」
「さあ、あなただとは断定してはいなかったわ。……でも、助けたのは、私の判断であって、彼の判断ではないわ」
そういわれて、ジャッキールは少し唸った。だとしたら尚更意味がわからない。
そもそも、こんな若い娘が、真夜中、血だらけの男を助けようなんて思うこともおかしいのに、ましてや、シャーから大体の話はきいているという。彼が助けろともいっていないということを考えると、どうも彼には腑に落ちないことが多すぎた。
「……で、では、何故、俺を助けようと思った? 奴が俺のことをどう伝えたかは知らないが、少なくとも、まっとうな人間には見えなかったはずだが」
「そうね、なぜかしら。でも、何となくあなたは、言われるほど悪い人には見えなかったし」
リーフィはそういったが、相変わらず、無表情もいいところだった。ジャッキールは、相手の反応を読みあぐねているせいか、少々瞳に戸惑いをのぞかせる。
「あなた、女の子を助けてくれたのでしょう? このくらいの子なんだけれども。その子が、あなたのことを心配していたわ」
ジャッキールは、視線をふとそらした。
「それは俺ではない。人違いだ」
「そう」
リーフィはそう頷いて言った。
「私には真実はわからないけれど、私が思うにあなたの怪我にあの子が関わっているのは間違いなさそうだったものね。あなたは否定するかもしれないけれど、私はそう思うことにするわ」
リーフィは、外の様子を伺い、そして再びジャッキールに向き直った。
「外は役人もいるし、よくわからない連中もいるみたいよ。その傷で逃げるのは大変よ。少し休んでいくといいわ」
「しかし……」
ジャッキールは眉をひそめた。
「それでは、そなたに迷惑もかかる。……それに、第一、俺のような男が、夜、女人の部屋にいるというのは迷惑な話だ」
ジャッキールは、ちょっとだけ焦った様子で付け加えた。
「何か妙な噂でも立つと申し訳ない。やはり、俺は、出て行ったほうが……」
「大丈夫。そういう評判は今更気にしないわ。職業上、別に何をいわれても、困らないし」
「いや、しかし……」
「あ、もしかして、あなたの方がお困りかしら。それなら、あなたの方に迷惑がかかってしまうわね」
そうリーフィに聞かれて、ジャッキールはにわかに慌てだした。
「い、いや、そういうつもりで言ったのではない。だ、大体、助けてもらっておいて、そのようなこと、俺が言える立場ではない。そなたが迷惑でないのなら、俺の方は……」
「だったら、よかったわ。ここで今夜は休んでいった方がいいわよ」
リーフィはそういって笑う。
「お、俺が言っているのは……」
ジャッキールは、思わず小声になり、視線をはずしながらぽつりと呟いてしまうが、リーフィのほうはそれが聞こえなかったようだ。
「あ、そうだわ。そんな血だらけのマントを羽織っているのはよくないわ。何か、他のものを貸しましょうか?」
「ああ、いや、そういうわけには……」
正直、出て行きたいジャッキールは、そういわれて再び必死になるのだが、リーフィのほうは首をかしげる。
「でも、それは洗ったほうがいいと思うし」
ジャッキールは詰まった。このままいくと、遅かれ早かれ、マントを取られるのは必至だ。何か貸してもらわないともらわないとで、女性の部屋で上半身裸という状況になってしまう。混乱したジャッキールは、何と答えたものかわからなくなり、咄嗟に答えてしまった。
「で、では、貸していただくことに……」
言った直後、それだと結局出て行けないことに気付いて、真っ青になるジャッキールだが、リーフィのほうはそんなことには気付かず、にこりと微笑んだ。
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